第182話:花の魔都モルグールへようこそ!(グレン視点)
意気込んで来てはみたけど。あれ? これ、終わるのか?
ミナサノールの先にそびえ立つ大要塞。あまたの種族が集い、魔王軍侵攻の前線基地として、その力が注がれるのを待っている。
詩人の歌にも歌われる、魔都モルグール。ぼくらの前にはその門がどっしりと構えられていた。門には門番がいる。話して分かり合えるかは分からないけど不意打ちなんて卑怯な真似はしたくない。
「あの、ここは魔都モルグールで合ってますか?」
ぼくはなるべく丁寧に聞いた。
「んだべ。まあ魔都っちゅうか前線に追いやられたモンたちの集まりだ」
「おおい、こいつ人間じゃないべか?」
「おお、本当だべ! でも軍隊で来てねえっペよ」
「そういえばそうだべなあ。なあ、あんたら、もしかして行商にでも来なさったんか?」
なんというかあまりの事に頭がついていかない。ぼくらは戦いを、死闘を覚悟してここまで来たはずなのに、なんでこの門番たちはこんなに牧歌的で田舎のおっちゃんみたいな感じなんだ?
「おおい、聞こえてるだか?」
「大丈夫だべか? なんなら医者を呼ぶべ」
「あ、ああ、いや、大丈夫、大丈夫です」
「長旅だったんだろ? そりゃあ疲れも出るべさ」
「入口入ったらな、西の大通り沿いに可愛い小悪魔亭っちゅう宿屋があるでな」
「バカ、そこは娼館も兼ねとるだで、この旦那さんの奥さん方に怒られちまうだよ」
「んだな、べっぴんさんが多いものなあ」
あれ? いつの間に、と思ったらぼくの後ろにみんないた。あら? まずはぼくが一人で交渉するって言ってたのに。
何? 危険には見えなかったから出て来た。あー、うん、そうだね。ラビも達観したような顔になってるし。
「そんなら踊る子馬亭の方がよかんべ。あそこならメシもうめぇでな」
「そだな。そこにしとくべ。なんなら紹介状書いてやるべ?」
「あ、はい、ありがとうございます」
何がなんやら分からないが普通に魔都には入れるらしい。もうなんというか魔都と呼んでいいのかすら分からない。
門をくぐり、紹介状まで貰って顔を上げると、目の前にあったのは大通り沿いに立ち並ぶ市場。大きい道路には馬車は通ってなかったものの、人通りは多く、左側通行で通っているみたいだった。
「これは、すごいわね」
「あら、これは面白いわね」
真ん中の通りは真っ直ぐ北へと続いており、横に大通りが東西を貫いている。ご丁寧にどちらが東とか西とか書いてある案内板まである。
ぼくらは西の大通りを通って行くと可愛い小悪魔亭という看板があった。そういえば踊る子馬亭の方の行き方は聞いてなかったなと思いながらその看板を眺めていると後ろの方からチリチリと後頭部が焼けるような視線を感じる。
「なんだよ、主様も隅におけねえなあ。なんだ? 遊びたきゃ行ってくりゃいいじゃねえか。それともオレにしとくか?」
フェザーが爆弾ぶっ込んでくるから視線はぼくじゃなくてフェザーに向かったようだ。ラビ、お腹抱えて笑ってる場合か!
「いや、そういえば踊る子馬亭の場所は聞いてなかったなって思ってね」
「それでしたら恐らくあの遠くに見えてるのかそうだと思います」
目のいいマリーが踊る子馬亭の看板を見つけてくれた。見つけてくれたのはいいけどラビが怯えてるから抱っこを狙わないでくれないか?
そうして歩いて踊る子馬亭に入ると恰幅のいい女将さんが出迎えてくれた。種族的にはミノタウロスというのだろうか。いや、ミノタウロスは雄だからハチノスタウロスとか?
「あらいらっしゃい。人間とは珍しいねえ。他の皆さんも珍しいけど。アタイはこの宿、踊る子馬亭の女将でホルタウロスのミコノスってんだよ。よろしくねえ」
ホルタウロスっていうのか。見るからに肝っ玉母さんって感じだ。悪い人な感じはしない。ぼくは紹介状を取り出す。
「おやおや、ライガの紹介状かい。まあ人間は珍しいからあまり嫌な思いして欲しくないものねえ」
「あの、正直な話、戦闘も辞さないと思い来てみたらこんな感じでのんびりしてるんですが」
「まあまあ、まずは食事と風呂で旅の疲れを落としてからだよ。アタイに分かることなら話してやるさね」
そう言うとミコノスさんはぼくらを部屋に案内してくれた。なお、部屋にはあまり人が泊まってないんだって。ここの宿屋はオマケで食堂として生計を立ててるそうな。まあ部屋はキチンと綺麗になってたから泊まるのには申し分無いんだけど。
部屋はいくつかに分かれて押し込められた。女性陣が揃ってグレンと同じ部屋って言ってたけど、ぼくらの部屋はラビとぼくだけにしてもらった。
部屋に荷物を置いてお風呂へ。なんとここのお風呂はお湯を沸かすタイプではなくて地面からお湯が出る温泉とかいうやつなんだそうな。混浴? 知らない子ですね。ラビが逃げようとしたので捕まえて洗ったよ。汚れは落とさないとね。いやあ、とてもいい湯だった。




