第179話:黒くてモヤモヤしたしつこいやつ
オヅヌしつこい!
というかトドメを葛葉にささせて欲しいってグレンに言われたので。
オヅヌの身体からだらんと力が抜けた。どうやら死んでしまったようだ。だが、身体の中から何か黒いモヤのようなものが飛び出した。
「オノレ、オノレ、オノレエエエエエエエエ!」
その黒いモヤは禍々しい気を発しながら何かの形になっていく。顔だ。人の顔。それも憎しみにとらわれた酷い顔だ。この世の全てを憎んでいるかのような。
「ジャマナニクタイナドイラヌ! ウヌラゼンイントリコロシテクレルワ!」
ああいうのを怨霊というのだろう。身体がないから手出し出来ないように見えるかもしれない。でも……
「てーい」
「フグゥ!? バカナ! キズヲオッタダト!?」
攻撃したのはマリー。天使だから浄化の力を自前で持っている。というか攻撃全てが浄化の力だ。ぼくが抱き締められて痛かったのも浄化の力なのかな? いや、あれは多分肋骨の
「ラビきゅん?」
マリーが何かに勘づいた様にぼくに微笑みを向ける。その微笑みは慈愛に満ちているハズなのに、何故か背中に寒気が走る。
「あんたもアホねえ。まだ実体でいた方がダメージ効率悪かったのに」
そう言って魔力を収束させるブリジット。ブリジットにとっては精神体にだけダメージを与えることはよくやることだった。肉体を物理的に破壊するのは優雅さに欠けるらしい。マインドアタックって言うんだって。
「あー、精神体だけなら精霊呼ばなくても殴れるんだよね、私」
そう言って自分の腕を精霊で包み込み、精霊パンチをかますエリン。オヅヌの身体がどんどん攻撃を食らっていく。
「ヴリトラよ、わしらの分は回ってこなさそうじゃぞ?」
「まあまあ、ここは若いのに譲ってやるとしようではないか」
「そうそう、若い我らに譲るのにゃ」
「お主はこっち寄りであろうが」
「ああん、ヴァイのいけずぅ」
「……千五百年ぶりに聞いたぞ、その呼び方」
なんかシルバー爺とノワールが仲良くしてる。古い知り合いだと言ってたけど、もしかして一万年と二千年前から愛してたのかな? すいません、年代は適当です。
「キ、キサマラ、ワレヲオチョクリヨッテ!」
おちょくられてるように聞こえるんだね。まあいいや。腹を立ててる間に葛葉の方の用意は出来たみたいだし。
「オヅヌよ、玉葉姉様の仇、討たせてもらう! 貪狼、巨門、禄在、文曲、廉貞、武曲、破軍!」
「ホクトノホホウ!? マ、マズイ!」
「七星歩法、北斗天帰唱!」
地面に北斗七星が輝いて、そこから光がオヅヌを縫い止めていく。北斗の星々と共に天へと帰る。故に天帰唱。
「コノオヅヌガ、コンナ、グオオオオオオオ!」
最後に吠えて手をというか身体の一部を伸ばそうとするが、それすらも北斗の星の輝きに閉ざされてしまう。
「天へと帰る時が来たのだ! オヅヌ!」
偉そうに言ってるし、指を天に向けてカッコつけてるけど、グレンは何もやってないからね? あ、いや、テイムしたみんなの連携だからテイマーのグレンの成果にはなるんだけど。
禍々しい気が完全に消えると、そこには青空が広がった。雲ひとつない青空とはこの事だ。
「やっと、終わったね」
「ありがとうな、主」
「葛葉が元に戻って良かったよ」
「主! うわぁぁぁ!」
葛葉が子どものように泣いてグレンに抱き着いている。優しく背中を撫でるグレン。まあ葛葉はどことは言わないけど大きいからその部分は間に挟まれて潰れてるんだけど。
「葛葉……くっ、今回は事情が事情だから目を瞑ってあげるわ。妾も褒めて欲しかったのだけど」
「そうですね。代わりに私はラビきゅんを」
「おいバカやめろ。せっかく助かったのにラビが死んじまう」
マリーがゆっくりとこっちに近づいて来るのをエリンが止めてくれた。良かった。すり潰されるぼくはいなかったんだ。
「ラビ!」
「晶龍君!」
代わりにこっちに走ってきた晶龍君とハイタッチ。お前にハイタッチなんて出来るのかってこまけぇこたぁいいんだよ!
「晶龍よ、見事であった」
「親父……」
「白鈴殿もご苦労であったな」
「妻として当然のことをした迄です」
「りんふぁも頑張ったよ!」
「おお、そうであったな」
ヴリトラが丁寧にリンファさんを撫でている。リンファさんがこっちに近付いて来て
「ラビ君もいいこ!」
なんて言って頭を撫でてくる。よ、よせやい。照れるじゃないか。まあ悪い気持ちはしないけど。
アスタコイデスさん、ハスタートさん、ミラビリスさんはいつの間にか居なくなったと思ってたらティリミナスからデンティフェルさんを初めとした救護班を呼んできてくれたみたい。よく見ると街の人は倒れているが生命に別状は無さそうだ。無意識ながら食事もしていたらしい。こういうところはさすがだなって思うよ。




