第172話:玉葉姉様との想い出(葛葉視点)
戦闘自体は本当に一瞬だったんですけど、死体を損壊しないで封じるのに苦労したみたいです。その内、天空狐は出したいなあ(多分エンディングまで出ない)
「キョエエエエエエエエエ!」
変な雄叫びを出しながら玉葉姉様、いや、玉葉姉様であったモノが襲ってくる。
「こないに不快になったんは、うち、初めてやわ」
独りごちるが誰も聞いていない。皆はグレンと共に敵の首魁、オヅヌを追ったのだ。今でも思い出す。あの時の記憶。
あれはまだうちが皆と一緒に暮らしとる時やった。うちら狐の一族はより、上位の存在になるにつれ、しっぽの数が増えていく。当時の同僚で後に天空狐と呼ばれる空姫とうちは若手でも一二を争う上達ぶりで、既に他の子にしっぽ一本分以上の差がついとった。
せやから、増長しとったんやろなあ。うちらはなんでも出来る万能感に囚われてしもうたんや。長老が行くな、言うてた山の方へも気軽に下りて行っとったよ。
うちらの里は山の頂上より更に上に結界を張って保たれとる。下手なやつには見つからん。たまに迷い込んでくる阿呆がいるが、そいつらを追い返すのをうちらは手伝っとった。と言うても勝手にやけどな。
その日も山に迷い込んだんがおった。大体のやつは脅かしてやれば直ぐに逃げて行くんやわ。なんでなら、そいつらは単に道に迷っただけやからなあ。
本来なら狐火かなんかで誘導しながら里から離すんやけど、その日はうちらの方が見廻り班の姉さんたちよりも早かったんや。うちらのやり方は覚えたての術を使うて驚かせて山から下ろすんや。怪我とか事故とかしるかい、迷い込んだんが悪いんや!って当時はそう思うとった。
そいつは不気味にふらりと現れた。うちらは驚かしてやろうと変化で入道に化けて立ち去らせてやろうと思うたんや。
「疾!」
そいつが口から強い言葉を発して、符をうちらに向かって投げつけた。その符はみるみる膨らんで、うちらの前で派手に弾けた。
「うわぁ!?」
うちらは驚いて変化を解いてしもうた。そしたらそいつはニヤリと笑うたんや。
「おやおや、迷い狐でおじゃるか。これは良い物を拾うた様じゃな。どれ、この程度のしっぽでも喰ろうたら多少は足しになるでおじゃる」
そうそいつが言うとうちらの背筋に凄まじい寒気が走った。これは動物的な本能。狩られるものが感じる死への恐怖だと後でわかった。
「歩みを禁ずれば、則ち、動けず!」
少しづつ下がろうと思ったうちらの足が動かなくなった。動け、動け、今動かなきゃ、意味が無い、里に、みんなに、報せなきゃ、そう思っても歩けない、動けない。
「走りなさい!」
その言葉に弾かれるように足を走らせた。走れる。退れる。そして、玉葉姉様が来てくれた!
玉葉姉様は里の重鎮。九尾に達したお狐で、みんなにとても優しく、そして強い狐だった。うちらが二人がかりで挑んでも手のひらで転がされるくらいに。
「ほほう? 九尾でおじゃるか。それならばマロも本気でやらねばいかんでおじゃる!」
「我が名は玉葉。狐の里の大将軍なり。名を聞こうか」
「オヅヌ。陰陽師のオヅヌ。まだ駆け出しでおじゃる」
「駆け出しとはまた冗談が過ぎるな。どう考えてもそんな段階ではなかろう」
「陰陽師としては駆け出しでおじゃる。その前に千年ほど邪仙をやっておったがの」
邪仙。その存在はうちらも知っている。なぜなら狐の里からも邪仙になると出て行った者が居るのだから。
「それならば貴様は妲己という名に覚えがあろう」
「妲己? ああ、知っているでおじゃる。あの小娘も無事邪仙として認められ、この度国崩しに動くのでおじゃる」
「なんだと!? 何をやっているのだ、妲己!」
どうやら妲己というらしい。玉葉姉様は何やら遺恨があるみたいだ。そんで玉葉姉様はうちらに向かって言うたんや。
「葛葉、空姫、逃げなさい! 今すぐ。そして里の護りを固めるように芙蓉に!」
芙蓉というのは玉葉姉様と同じ九尾で里の長をやっている。つまり、こいつはそれほどの危険人物という訳だ。
「で、で、でも、玉葉姉様が」
うちは絞り出すように言うた。そしたら玉葉姉様はにっこりと笑うて、「私が負けるわけないじゃない」と言うてくれた。せやからうちらは里に、戻ったんや。
いつまで経っても戻らん玉葉姉様を探して捜索隊が出されて、発見されたのは胸を抉られて絶命しとった姉様やった。オヅヌはもう居らんようになっとったわ。
あんとき、玉葉姉様の身体は確かに荼毘に付したはずや。せやからこいつは姉様やない。でも、あのオヅヌっちゅうやつが姉様の身体を回収して、偽物を置いとったとしたら……
これ以上、動いとる姉様を見とうは無い。うちはこんな事があった時の為に陰陽道を学んだんや。今、解いたるから、待っとってください、姉様。
「七星反閇、禹歩鎖縛」
うちの歩いた通りの道筋に姉様が誘導されていく。ああ、違う。姉様ならうちごときの術なんて軽く見切っとったやろうな。
「恒久鎖縛迷宮陣。姉様、おやすみなさい」
破邪を司る五芒星の真ん中に姉様が立ち、鎖で結界内に引きずり込む。これにて終幕や。




