第16話:夕陽をバックに殴り合い
不毛な戦い。
ぼくは思いがけない同行者を得て、二人でのんびり川上を目指した。晶龍君の目的地はどこか分からないけど、急ぐ旅でも無さそうだし、ぼくが帰れるまでついてきてくれるっていうからお言葉に甘えておこう。
本当は、ずっと心細かったんだ。だからミネルヴァさんと離れた時も、牛さんや女の子と離れた時も寂しかった。まあ声を上げて泣いたりはしなかったけど。
川を遡上して進んで行くと、周りがゴツゴツしてきた。ここまで来るとだいぶ川幅も狭くなってきた。
「ほれ、ここなら跳び越えられるだろ?」
「もっと狭くても平気だよ!」
「じゃあもっと下流でも良かったんじゃねえか」
ううっ、万が一落ちたらと思うと安全策をとるのは間違ってないもんね。足を滑らせない保証なんてないんだもん。
ぼくはぴょんと、軽々と川を跳び越した。晶龍君は……うん、川の上をスタスタ渡ってたんだけど。ええと、なんだよ、それ?
「は? 水上歩行の魔法だけど?」
「そんな便利なものが!? な、なんで教えてくれなかったの?」
「だって聞かれなかったじゃん……ってうそうそ。そんな睨むなよ。この魔法は自分専用なんだよ」
そうか。自分専用なら仕方ないよね。身体強化系の魔法は体内の魔力の使い方が難しいから他人にかけるのは難しいよね。まあぼくは魔法とか使えないからグレンの受け売りなんだけど。
「チビが二匹、オレのナワバリに入ってきやがったな!」
そう言って出て来たのは肌が赤いトカゲ。赤いからぼくとお揃いだ!って言いたいところだけどそういう訳にもいかないみたい。
「サラマンダーか。道理でこの辺りが岩ばかりなはずだよ。でも川が干上がって無いのはありがたいね」
「ほほう、小僧、よく知ってんじゃねえか。川は干上がらないようにしてんだよ。源流はオレのナワバリじゃねえからなあ」
どうやら上のナワバリに居る魔物が怖いらしい。
「さて、ここを通るにはオレに通行料をもらおうか」
「通行料だって?」
「そうだな、そこの小僧かホーンラビットのどっちかを差し出せば許してやろう」
ええ、ぼくか晶龍君のどっちか? だ、だめた! 晶龍君はやらせない。それならぼくが犠牲になった方がいいのかな? どうせぼくは帰ってもやる事無さそうだし、晶龍君の為なら。
「はあ? サラマンダーごときが舐めた口聞いてんじゃねえぞ、ゴルァ!」
晶龍君がサラマンダーに凄んだ。いや、ちょっと、挑発したら危ないって!
「サラマンダーごときとか随分な口叩いてくれんじゃねえか、ああん? イフリート様が居ない今、オレが炎の精霊を束ねてるって言っても過言じゃねえんだぞ?」
えっ、イフリートのおじちゃん?
「お前みたいな幼体から脱皮したてのガキがそんな上位なわけねえだろうがよ!」
「言ってくれるな! もう謝ったっておせぇんだからな!」
そう言うとサラマンダーは全身から炎を吹き出した。いやあっつ! 暑いじゃなくて熱いよ!?
「その程度の炎で俺を燃やせると思ってんのか?」
いや、燃えるからね? 晶龍君は燃えないかもしれないけど、ぼくは燃えるからね? なんなら毛皮が燃えやすくてこんがりポンだよ! ホーンラビットの丸焼きが出来ちゃうよ! ぼくを食べますか? いや、食べないよね?
「焼き尽くせ!」
サラマンダーの炎がぼくらの方に……いや、全部晶龍君の方に行った。あれ? 意外と冷静なのかな? ぼくも燃やされると思ってたんだけど。
「どうだ! そのまま燃えて焼き尽くされちまえ!」
「へっ、効かねえなあ!」
炎の中で晶龍君がニヤリと笑う。その笑顔のまま、突っ込んでいってサラマンダーに襲い掛かる。
「くらえ、この野郎!」
「ちっ、この死に損ないが!」
サラマンダーはしっぽで応戦する。凄まじい死闘が……いや、なんかポカポカ殴りあってる感じだな? どっちの攻撃もあまり効いてないみたいだ。
晶龍君の攻撃は人間状態でのパンチだ。正直、あのパンチ力だとぼくでも痛くないんじゃないだろうか? ドカッでもバキッでもポカリでもなく、ペちって聞こえる。
対するサラマンダーの攻撃はかなり痛そうなしっぽの一撃。普通の子どもとかぼくが食らったら吹っ飛ぶだけじゃなくてかなりな重傷を負うと思う。
でも攻撃食らってんのは晶龍君。ヴリトラに聞いた事あるけど、龍族ってのは龍鱗っていう天然のアーマーが身体に貼りついてるんだって。そのお陰でタフさはパーティで一番だって言ってた。まあヴリトラが攻撃受けるところ、殆ど見たことないんだけど。
「はあはあ、この野郎!」
「はあはあ、くたばれ!」
もうペちっどころかぺたんくらいしか音がしなさそうな攻撃をお互いに始めた。まあバテたんだろうと思う。そのまま両者ノックアウトっていうかフラフラになって倒れてしまった。いや、どうしようか、これ?




