第154話:思い出の残滓
書きたかったシーン、その2。
豊胸に包まれたまま、ぼくは暴風の牙とかいう人たちに連れれて近くの街に運ばれた。
この街の事はよく知っている。ぼくもグレンと一緒に過ごした街だ。グレンがここに来る時はだいたいぼくを連れていたからね。
懐かしさに街並みを見渡す。多少の違いはあるんだろうけど、よく分からない。ぼくはしばし、懐かしい気分にひたっているのだ。あとおっぱいにも。
一行は街の中をどんどん進む。こっちの方には確か冒険者ギルドとかいうやつがあったはず。そこでぼくはもしかして売られてしまうんだろうか?
「おや、ラビちゃん、ラビちゃんだろ?」
横から声を掛けられた。しかもぼくの名前を呼んでいる。そっちの方を振り向くと屋台の串焼きのおばちゃんなこっちを見てニコニコしていた。
「おばちゃん、ラビちゃんって?」
「なんだい、そこの赤いホーンラビットの子だよ。やれやれ懐かしいねえ」
グレンがぼくにお肉を食べさせようとした時のおばちゃんだ。ぼくも記憶がある。確かあの時は「うさぎってのは肉は食べないんだよ」って言いながら、ぼくに生野菜の串を作って差し出してくれたんだよね。
「この子、おばちゃんの知り合いなの? あのね、この子がオークの巣に居たんだよ。それも血まみれで!」
「おやまあ、それは物騒だね。どこから迷い込んだんだか。そういえばグレンちゃんは一緒じゃなさそうだね」
おばちゃんの口からグレンの名前を聞くとまだ心がチクリと痛む。でもまあそのうち会いに行くから大丈夫だ。
「えっ? グレンってあの十大使徒を従えてるっていう新勇者の?」
十大使徒だって。そこに私はいません。そう、多分。
「ああ、あの子も出世したみたいだねえ。昔はこの子だけだったのに」
おばちゃんの言葉にぼくは誇らしげに胸を張った。いや、大して動いてはないんだけど。ポロリ、とぼくの頬を涙が伝って落ちる。これは悲しみの涙じゃあない。きっと喜びの涙だ。ぼくを、ちゃんと覚えてくれた、そして、グレンのパートナーと思ってくれた事に対する感謝だ。
ぼくがあれだけ心から求めていた、グレンとの繋がりがそこにはあった。あの小屋の残骸じゃなくて、このおばちゃんの心に残っていたんだ。
「あー、じゃあそのグレンさんと連絡取った方がいいよね?」
「そうたな、心配してるかもしれんからな」
「待ってよ、でもこの子は捨てられたかもしれないよ?」
「まあ、戦力としては大して役に立たなさそうだからな」
「テイマーってそうやって取っかえ引っ変えしてるんでしょ?」
そんなパーティの声を停めたのは屋台のおばちゃんだった。
「あんたたち、グレンって子はそんな子じゃあない。あの子はとても優しい子だ。ラビちゃんを残していったのなら何か理由があるんだよ」
グレンはぼくを足手まといと言った。でも、今のぼくの強さを、グレンは知らない。今なら邪魔にならないはず!
「ともかくこの子も一緒にギルドマスターに報告しよう」
「そうだね。グレンはんがこの街出身ならギルドマスターも知ってるはずだし」
そうして連れて行かれたところは少し古びた建物。懐かしい。ここにもぼくはグレンと共に来た。
ドアを開いて受け付けに進む。ここの受付はぼくが知ってる人たちとは顔が変わってる。確かもっとキャピキャピした人が居たんだよなあ。
「うわぁ、可愛いホーンラビットですね!」
「ええ、洞窟で拾ったのよ。ギルドマスターはいる?」
「はい、少々お待ちください」
そう言って受付嬢が奥に引っ込んで誰かを連れてきた。眼鏡をかけたスラリとした女性。厳しそうな印象がある。あれ? でも、この人どこかで会ったような。
「暴風の牙の皆さんですね。オークの巣窟はどうでしたか? ジェネラルが居たという報告も受けていま、す、が……」
ギルドマスターの視線がぼくとかち合う。彼女は眼鏡を外してぼくをまじまじと見た。そして……
「ラ、ビ、きゅぅぅぅぅぅぅぅぅん!」
ひったくる様に豊胸からぼくを奪い取った。あ、この感触は覚えがある。ギルドに来る度にマリーとぼくを取り合ってた受付嬢だ! ゴリゴリした感触も覚えてるよ!
「ラビきゅん、ラビきゅん、ラビきゅぅぅぅぅぅぅぅぅん、会いたかった、会いたかった、会いたかったよー!」
「ギ、ギルドマスター?」
何かよく分からないものを見る目をみんながしている。それに我に返ったのかギルドマスターの女性はコホンと咳払いをした。
「あー、その、御苦労様でした、ええ、皆さんの働きには大変感謝しています。詳しい話を聞きたいので私の部屋にお越しください」
そう言いながら彼女はぼくを抱えたまま、ギルドマスター室に歩き出した。時々きゅっと胴が締まるんだけど、それは言っちゃあダメかなあ? いや、言葉通じないか。




