第153話:暴風の牙たち
暴風の牙のタムロム視点です。
ルフィアナのセンスイービルで洞窟内をくまなく調べたが、邪悪なものは何も無かった。だけど、生き残ってるものが居ないかってのとはまた違う。
「ね、ねえ、あの辺で何か動かなかった?」
「お、おい、ローリエ、こんな時にそんな冗談言うんじゃねえよ」
「じょ、冗談なんかじゃないわよ! ほ、ほら、あれ」
見ると真っ赤な血の海の中でなにやらもがいているかのような生き物が居る。そいつはむくりと身体を起こした。
目に飛び込んできたのは純然たる赤。普段ならかなり目立つはずのそれは、周りの異様な景色、オークの死体が散乱しているという状況の前には驚く程にマッチしている。
次に見えたのは頭頂部にある一本のツノの存在。そして頭から垂れ下がるようについている耳。どこかで見た事ある様なクリーチャーだ。
「あの、タムロム、もしかしてこの子、ホーンラビットなんじゃない?」
ホーンラビット。草原や浅い森を住処とする、草食性のモンスターというか動物というか微妙なラインの生き物。まあツノは生えてるから多分モンスターなんだろう。
なんで、そもそもこんな洞窟に? よく見るとそのホーンラビットのそばには塩が置かれていた。もしかしたら、このホーンラビットは晩餐のために持ってこられて、仲間割れかアクシデントか何かでオークたちが全滅してしまったのかもしれない。
と、なるとこの子は唯一の目撃者ということになるのだが、まあホーンラビットから話を聞こうなんてその発想はないよな、大体は。
しばらく辺りを捜索すると、立派な剣が二本落ちている。サイズ的にはジェネラルが使うものよりも大きい。もしかしてジェネラルを超えるキング、クイーン、エンペラー辺りが発生しているのかもしれない。
「みんな、最大限に警戒だ! ゲンツ、前は頼む 」
「おお!」
俺たちが警戒しながら進んでいるとホーンラビットのキョトンとした目と目があった。それを見ていたらなんか警戒するだけ無駄なような気がしてきた。
「おい、みんな、やっぱり警戒解除だ。やっぱりここは大丈夫だろう」
「まあタムロムが言うならいいんだけど、理由は?」
「見てみろよ、アレ。ほら、あのホーンラビット。なんでここにいるのかわかんないみたいにキョトンとしてる」
「本当だ、可愛いね。赤いけど」
「ふむ、食べるならあの血は洗い流さないといかんな」
何の考えもなくポロリと零したゲンツにみんなの非難するような目が突き刺さる。そして女性陣の言葉も。
「食べる? 食べるですって? あのホーンラビットちゃんを? 馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」
「ええ、食べ物に困る様な事があれば食べるのもやむなしですが、ここには夥しい数のオークが居ますし、なんなら保存食だって余っています。長丁場になると思ったからこその準備でしたから」
「ま、まあ、アレよ。ともかくこの子洗ってあげたいわ。良いわよね?」
ルフィアナの言葉に異論は出なかった。ルフィアナは呪文を唱える。
「清涼なる水よ、その流れにより、彼の物を洗い清めん! ウォーターピュリフィケーション!」
杖の先から水がとび出てホーンラビットを襲う! いや、襲ってるんじゃなくて洗うんだけど。ぬるま湯程度の綺麗な水が出る魔法で野営中にも役立つ魔法だ。まあ余裕がある時しか使えないんだけど。乾かさなきゃいけないからな。
ホーンラビットはびっくりしたのか、水が掛かると跳ねるように岩陰に走った。まあいきなり水掛けられたらそうなるよな。
「あああ、ごめんごめん。危害は加えないから洗わせて、ね?」
ルフィアナが慌てて言っていたがホーンラビットに言葉が通じるものだろうか。とか思ってたらおずおずとホーンラビットがこっちに向かって出てきた。なんだと!
「まあ、お利口さんね。それじゃあ改めて、洗うわよ」
ルフィアナが一通り洗ったが赤い色は落ちていない。いや、どうやら地毛が赤色のようだ。普通のホーンラビットとは違うがこういう事もあるんだろう。
「よし、じゃあ次は乾かすよ。風よ、優しく吹き付けて、余分なるものを取り除け、ブリーズ」
ルフィアナが魔法を切り替えると、ホーンラビットの身体が暖かい風に包まれる。なんだかあのホーンラビットも恍惚の表情を浮かべているような。やっぱり気持ちいいんかな。
「これでよし、じゃあ行こうか」
そう言ってルフィアナがホーンラビットを抱え上げる。大きいおっぱいに包まれて幸せそうにしているのを見ると羨ましく思えてくる。おい、ホーンラビット、そこ俺と代われ!
などと思っていたらルフィアナにギロリと睨まれた。もしかして考えていることがバレたのか? ま、まあ、とりあえずオークの洞窟のこの惨状は街に報告に行かなきゃいけないからな。まあ余計な戦闘がなくて何よりだよ。しかし、ルフィアナはあのホーンラビットを飼うのか?




