第146話:自分と自分と涙の理由
流れよ我が涙、と角兎は言った
『全く、丸く収める方法はねえのかよ』
『あんたがリーダーになりゃいい。それならワシは従ってやる』
『おお、それならばワシもええぞ』
鷲の提案に雄牛の奴までノッてきた。いや待て、オレが出張るのか? まあオレとしてはトップに立つのはそんなに嫌でもねえけど、でもなあ。
『あー、悪いが、その話はオレの本体にしてくれや。オレは引っ込むからよ』
『本体? あんたはあんたじゃないのか?』
『すまねえな。本体はそこまで争い好きじゃねえんだわ。オレと違ってよ。全く、この程度の森なら三日もありゃ征服出来るんだがよ』
『は、ははは……』
なんかみんなの笑い声が少しぎこちねえ様な気もするが、そろそろタイムリミットだ。あー、肉食いてー。
ぼくが目を覚ますとみんなが心配そうに覗き込んでいた。そこには鷲や鷹も居る。うーん、これはきっとぼくの中のぼくの仕業だろうか。
そういえば、と小屋の方を見る。そこには小屋の残骸が散らばっていた。グレンと一緒に直した壁の穴も、グレンが壊した足の壊れた椅子も、グレンと一緒に食べたダイニングも、寝る時にグレンを近くに感じていたベッドも、何もかも、何もかもが失われてしまった。
例え直したとしても、もう全く同じにはならない。グレンを思い出すものもない。そう思うと涙が出てくる。でも泣かないよ。ぼくは男だからね。長男じゃなかったら耐えられなかった、とは言わない。ぼくが長男だったかなんて分からないからね。兄弟は居たけど誰が一番上かなんて分からなかったし、どうでもよかった。
ぼくはあまりの悲しさに天を仰いだ。涙が止まらない。みんなにしばらく一人にして欲しいと頼んで、ぼくは泣いた。まるで、今までの悲しみを全て絞り出すみたいに。グレンと別れた時みたいな一時の慟哭じゃない。何か大切なものを永遠に取り戻せなくなったかの様にぽっかりと空いた心の穴を涙で埋めるかのように、ぼくは泣いた。
先程まで感じていた空腹感も、全部涙で埋め尽くされた。ぼくが泣いたところで湖の水が増えることも無い。流れる涙は川となることもなく、ただ地面に落ちる。泣くというのは非生産的な行為だ。それでも涙を流すのをやめられない。
涙を流す、というのは思うに心の中にある溜まったものを洗い流す作用なんだと思う。ぼくで言えば、グレンとの思い出ではなく、グレンがぼくにした仕打ちの理由、恨む気持ち、傍に居ればよかったという後悔、自分が役立たずだったんだという自己嫌悪、仲間への怒り、そういうものだ。
それが全て涙を流した事で無くなるとは思わない。そういうものはしつこく残り続けている。それを忘れることなんて出来ない。でも、忘れないで、覚えていながらも前に進まなきゃいけない。その前に進む為に荷物を捨てる行為、それが泣くということだ。
一通り泣いて、泣き止んだ時には何日たったのか分からない。ぼくは何日も食べなくても活動出来るからね。でも泣き止んだらお腹は空いてきた。辺りはもう暗くなっている。ぼくはとりあえず空腹を満たす為に足元の草を食べ始めた。
『気が済んだかよ』
『そんな事は自分が一番よくわかってるんだろ? 君はぼくなんだし』
『この場合はオレじゃねえ「ぼく」がスッキリしたかだからな。オレからじゃ分からねえよ』
『スッキリは、しないよ。今でも、なんで、どうして、ってのは残ってる。だから、決めたんだ』
『決めた?』
『ぼくは、グレンに会いに行く。そしてもう一度、みんなの前で理由を聞いてちゃんと話し合うんだ』
頭の中のぼくは心底驚いた様だ。
『いや、そんなん、出来るわけ』
『出来るよ。いや、やらなきゃいけないんだよ。ぼくがぼくである為に』
『でも、言葉つうじねえぞ?』
『元仲間、いや、今でも仲間だと思ってるみんなが通訳してくれればいいんだよ! それに、いざとなったら君もいる』
頭の中で素っ頓狂な声が響いた。ぼくが彼に出会って以来の大絶叫だ。
『はぁ!?』
『君なら伝えられるだろ、ぼくの気持ち』
『はあ、いや、出来ねえことはねえけどよ。オレが出たら全部恐怖で塗りつぶしちまうぜ?』
『大丈夫だよ、グレンなら、グレンとみんななら』
『楽観的だなあ。まあいいぜ、いざとなったらオレがビシッと言ってやるさ』
『頼もしいね、ぼく』
『オレはお前でもあるんだからな』
そう言って笑いあった気がした。実際には笑ってるのはぼく一人なんだけど。
『あのう、お加減はいかがですか?』
おずおずと羊さんが話しかけてくる。遠間で鷹と雄牛さんと鷲さんも見てる。どうやら仲良くなってるみたいだ。羊さんが来たのはぼくに対して負い目がないからかなあ?
『あの、皆さん、ご心配をおかけしました。もう、大丈夫ですから』
ぼくがそう言うとほっとした顔をしてこっちにみんな寄ってきた。そして雄牛さんと鷲さんが深深と頭を下げた。いや、ちょっと待って?




