第145話:小屋の最期
喧嘩両成敗
『ちくしょう!』
ぼくは一声叫んで猛然と空に舞う鷹に突っ込む。しかし、羊さんを持っているというのに鷹の動きは素早い。ぼくは空では役立たずだからなあ。
こう、空中を蹴るようにして移動出来れば何とかなるんだけど……そんな曲芸みたいな真似は出来ないよ。
出来ることは思いっきり助走をつけてジャンプするだけだ。でもそんなことしてる間に鷹は羊さんを連れて行ってしまう。
『オイ、勝手なことしてんじゃねえぞ、クソガキ!』
その時、鷲から怒号が飛んだ。
『鷲の旦那?』
『てめぇ、ワシの顔に泥塗る気か? ならこの牛の旦那を倒した後にバラバラにしてやるから待ってろ!』
『ひ、ひいいいいいい!』
鷲の眼光に鷹は震え上がった。
『おやおや、ワシに勝つ気だべか。舐められたもんだべ』
『へっ、負ける事を考えて戦うやつなんて居るかよ』
『そりゃあ違ぇねえだ』
鷹がゆっくりと羊さんを下ろしてあげると、羊さんは気絶しているのかパタリと倒れてピクリとも動かない。怖かったんだろうね。
ジリジリした向かい合わせで、先に仕掛けたのは鷲だった。大きな翼を広げて、真正面から雄牛さんに突っ込んだ。雄牛さんはそれを真正面から迎え撃とうと身構える。
さっと鷲が身を翻して、背中から雄牛さんに襲い掛かる。無防備な背中に嘴を突き立てられて、雄牛さんは「うムッ」と声を上げた。
『背中がお留守だぜ!』
『くっ、正面から来るべさ』
『何言ってやがる。まともにぶつかったらワシが不利だろうがよ』
鷲は背中に重点的に攻撃をしている。雄牛さんは堪らず動き回りだした。
高速で走っている雄牛さんの背中にはさすがに攻撃は加えられないらしい。鷲さんは一旦離れ、様子を見る。
雄牛さんはがむしゃらに走っているように見せながら、鷲の様子を伺ってるんだと思う。
鷲は再び動いた。今度は湖の上から雄牛さんを挑発する。水の中には入れないからな、これは立派な戦法である。そしてそこから鷲は陸の方に移動した。
その機を逃さず、雄牛さんが突進する。鷲は咄嗟にひらりと避けて、雄牛さんは小屋に激突した。そうだ、ぼくとグレンの暮らしていた小屋に。
メキメキ、と音を立てて小屋は悲鳴を上げている。何しろ十年以上頑張って残っていた小屋だ。どこもここもガタが来ている。それでもなお、最後の力を振り絞って立ち続けているみたいだ。
鷲が小屋の後ろに回り込んで、羽根ではばたいて小屋を吹き飛ばす。木の破片が武器となって雄牛さんを襲った。いくつか木が刺さっている。
『ざまぁねえなぁ。使えるものは使わねえとな!』
ぼくは心の底から悲痛な叫びを出した。あまりの叫びにみんながぼくの方を見たくらいだ。グレンとの絆が、思い出が、居場所が、残滓が、失われて、しまった。
『随分舐めた真似してくれたなァ、おい』
オレに主導権を渡すくらいにラビは、『ぼく』は怒り狂っていたんだろうぜ。とりあえずてめぇら全員、同罪だ。そこに直れ。
『なんだあ? てめぇは。口調変えたくらいで強くなったつも……』
『黙れ』
オレは赤いオーラで鷲野郎の身体を縛った。まあ目にはよく見えねえんだけどよ。この程度の野郎動けなくするくらいは十分だ。
『雄牛の旦那よォ。あんたにゃ感謝はしてるが、この小屋をぶっ壊すのはいただけねえよ。あんたもそこに直れ』
『ふむ、わかったべ』
雄牛の旦那は素直に従った。おそらくはオレの身体から流れ出てる憤怒の気を感じたからだろう。
『おい、鷹野郎。てめぇも逃げんなよ。元はと言えばてめぇの行動が原因なんだからな』
『あ、ぐあ、ううっ』
鷹野郎には強めに束縛しておいた。元凶だからな。
『あ、あんたは一体、なんなんだ?』
『しがないホーンラビット、だなんて信じねえだろ? 言って分かるか知らねえが、オレはアルミラージだ』
鷲はもう観念したかのように翼をたたみ、地上に降りている。鷹野郎もそれに倣って降りてきた。尚、羊はまだ寝てる。呑気なもんだ。
『つまるところ、今回の件は縄張り争いのメンツの問題って事でいいのか?』
オレが尋ねると三人とも首を縦に振る。
『まあワシはあまりトップの座には自信ねえんだども、鷲に対抗出来るようなモンがおらんでなあ』
『ワシとて無闇な喧嘩は好まんが、舐められたとあっちゃあ今後に関わるからな』
雄牛の旦那と鷲の言い分はわかった。それを勘案すると、今回の件は火種を持ち込んだ鷹野郎の責任ってことになるが?
『お、お、オレなのかよ!? い、いや、オレはただ、羊を襲おうかと』
『それがいかんとは言わねえよ。弱肉強食だしな。でも、それなら自分で終わらせとけよ。助っ人頼むなんてセコい真似してんな』
鷹野郎はガクンと項垂れた。なんだかこのままだとオレが仕切ってるみたいで居心地悪ぃなあ。落とし所を見つけねえといけねえ。




