第143話:故郷
ラビ君のターン! ソロモンよ、私は帰ってきた!(違)
黒山羊は気付いたら居なくなっていた。いや、きっとぼくの中のぼくが何とかしてくれたんだろう。ぼくが自分で出来なきゃいけないんだろうな。
そのまま山を昇って雪が降ってる辺りを歩く。動くものは何も無い。みんなあの黒山羊に狩られてしまったのだろうか。
山頂まで行かなくても山越えは出来る。ぼくは道なりに進んでいく。ある程度高さをこなすと、向こう側が見える。辺り一面の緑に驚く程に感動した。
ぼくは眼下の森が故郷かもしれないとドキドキしながら山を降りて行く。えっ、分からないのかって? そりゃあ山の方から森を眺めた事なんてないからね。
駆け下りていく途中に狼が見えた。三匹ほどこちらを伺っている。山頂からこっちに来たのが珍しいのだろう。笑顔で挨拶したら見逃してくれないかな? ダメ?
「ガウガウガウ!」
三匹の狼がぼくの方に駆けてくる。いやいや、ぼくは何もしてないよ? それにきっと美味しくないよ? 逃げろーい!
『バカヤロウ、あんなの秒で屠っちまえ』
頭の中に声が響いた。えっえっ、これは何?
『おっ? もしかしてオレの声が聞こえてんのか? もしもーし。オレはお前だよ!』
『ぼくなの? いや、意識のない時はお世話になってます』
『いや、オレでもあるんだからそりゃあ対処はするだろうよ。それよりもあの犬っころだ』
『あれ、狼だよ? 犬っころなんがじゃないって!』
『バカか? ブランに比べりゃ可愛いもんだろ?』
そう言われると頭の中で雄々しく、そして怖く、でも優しい、お節介な仲間のことを思い出す。
『いやまあそうなんだけと、ブランは襲ってこないじゃん?』
『それもそうなんだが。ああ、もう、それでもあんな雑魚に手間かけんなよ。あと喰らえ』
ほひょ!? なんか変なこと言われた。ぼくが、狼を、喰らうの?
『肉が足りねえんだよ。それくらいは出来るだろうがよ』
『ええー、ぼくは草の方が好きなんだけど』
『あぶねえ時に対処できなくてもいいのか?』
『ううっ、わかったよ。じゃあとりあえず、あいつらをやっつけるね!』
そう言ってぼくは会話を打ち切って狼に向き直った。狼の怖いところは鋭い爪と牙、そして集団戦術である。ってグレンが言ってたなあ。ここには三体しか居ないけど、それでもタイマンを三回やるのより遥かに厄介だ。
じゃあどうするのか。答えは簡単。連携出来なくさせてしまえばいいんだ。ということでぼくは付かず離れずで逃げるよ!
狼たちは追いかけてくるが、やがてそのスピードな差ができる。早い者勝ちでぼくを食べれるとでも思っているのかもしれない。
ぼくは一番速い狼がぼくのしっぽに触れるか触れないかぐらいのタイミングて振り向きざまに喉にツノを突き刺した。舐めてもらっちゃ困るよ。これでもぼくはグレンのパートナーなんだから。
ぼくが一撃で喉を貫くと、貫かれた狼はその場でのたうちまわり、残り二匹は警戒して距離を取った。こいつら頭いいな?
残り二匹の一匹が右から、もう一匹が左から、挟み撃ちにするように襲ってきた。ぼくは姿勢を低くして巧みにそれを交わす。
空ぶった二匹は再度襲撃を試みる。ぼくは今度はまた、姿勢を低くした状態から、今度は右から来た攻撃に対してツノで引っ掛けて、そのまま左へと受け流す。空中で二匹の狼が頭をぶつけて気絶してしまった。
『ほら、トドメさしてやれよ』
頭の中の声に従い、ぼくはそれぞれの喉を掻っ切った。このまま食べてもいいかなと思うほどにはお腹は空いていた。だって途中で草食べようと思ったら食べるなって怒るんだもの。
狼は血の味がしたけどそこそこ美味しかった。なんか身体に力が漲ってくるような。頭の中のぼくに促されてそのまま山をおりる。麓の森に着くと懐かしい匂いがした。
『そうそう、この匂いだよ。まあ間違いなくここがオレたちの故郷だろうな』
どうやら頭の中のぼくもこの景色には見覚えがあるらしい。いや、景色と言うよりかは匂いだね。
ぼくらはそのまま森の中を駆ける。グレンと暮らした小屋は確か湖の近くにあったはず。ぼくらは当てどなく湖を探す。
やがて、見覚えのある湖に辿り着いた。昔はここで水を飲んでいたな、なんて思い返す。ぼくは急いで小屋を探した。
湖の対岸にその小屋はあった。かなり年月が経っているかのようで、今では誰も住んでいないようだった。
扉をこじ開けると、中には見慣れた配置の家があった。あの日、グレンは何も持っていけない、連れて行くのはお前だけだって言ってぼくを抱えたっけ。
ここはあの時のまま。ベッドも、窓のカーテンも、台所もみんなみんな一緒なんだ。ぼくの中にグレンと暮らした日々が蘇ってくるのを感じた。これからこの場所での生活が始まるんだ! 何時でもグレンが帰って来れる様にしなくちゃ。帰ってくるよね、グレンも。




