第141話:sideグレン その4-2
とりあえず戦闘は特に無し。
爆発した扉の方を見ると、一つの影がこちらに向かって歩いてきていた。
「なんだァ? 見ねえ顔だな。こんなところにまだ普通のニンゲンが隠れていやがったか」
凄まじい体躯、手に持つ金棒、そして全身が赤く染まっている。こいつは、鬼だ。
「まあ仕方ねえからオレが相手してやるぜ。ここのところまともな奴はいなかったからなァ」
鬼は歪に笑った。そして手に持っていた金棒を振り上げて下ろす。ギルドの床がはじけ、凄まじい爆発が起きた。さっきの爆発はこれなのだろう。
「お前らが勝てなくて仕方ないぞ? このオレ様は最強だからな!」
という事はこいつは魔王軍では無いのだろうか?
「スクナ、貴様調子に乗り過ぎでは無いか?」
別の声がした。いつの間に入ったのかそいつはぼくたちの後ろから声を掛けてきた。
「ちっ、イダテンかよ。いつもいつもなんなんだよ」
「お前を一人にしておく訳にもいくまい。目付け役だ」
「ちっ、わかったぜ」
そしてイダテンとかいう奴はいつの間にかスクナと呼ばれた奴の横に並んだ。身体の色は青。角は二本。ところどころ違うが、一番違うのが体つきだ。デブマッチョと言っても差し支えない赤鬼スクナに比べて、青鬼イダテンは引き締まったスレンダーな身体をしていた。
「ぬしゃら、何をしておじゃる?」
三人目か、と思ったその時、空間に穴が空いた。そこには椅子に座っている偉そうな男が居た。両脇には獅子や虎を従えている。
「主様、これは」
「スクナ、ぬしゃ周りが見えなくなることが多いから注意しろと言ったであろう」
「すまねえ、主様」
「して、このモノたちは?」
「どうやら残党がまだ残ってたみたいですぜ」
「そうか。ならば対処せねばならんな。獅子吼、伏虎、やれ」
主様とかいうやつが指示を出すと両脇に控えていた獣が襲いかかってきた。
「マスター、危ないにゃ!」
ノワールが飛び出して二頭を弾き返す。少しよろめいているみたいだ。
「手伝おう、ノワール」
「ブラン、こいつらは並大抵のやつじゃないにゃ」
ブランも加わって二頭と二頭が対峙した。そこにスクナがうずうずしながら加わる。
「オレもまぜろや!」
「させるか」
それを止めたのはフレイ。いつの間に出てきたのか。ヴリトラかまだ帰って来てないからなあ。
「ほう、イフリートとは珍しいものを。スクナ、本気を出していいぞ」
「本当かい? そりゃあありがてえ。ぶっ殺してやるぜ!」
ふと見ると青鬼、イダテンの姿がない。どこに行ったのか、と思ったら首の後ろにぞわりとしたものを感じた。
「マスター!」
ガキン、と振り抜かれた腕を止めたのはフェザーだ。
「ったく、危ねぇな。油断してんなよ、マスター」
「すまない、助かった」
未だに椅子に座っている男は面白そうな表情を崩さない。まるでこれを楽しんでいるみたいだ。
「おい、貴様。この街になにをしたんだ?」
「何をした、とは随分と乱暴な言い方よのう。麿たちはこの街を制圧しただけでおじゃる」
「制圧、だと?」
「魔王のやつばらがこの街を目障りだと言っておったのでな。新しく魔王軍に入った記念に占拠したのよ」
つまり、この街はとっくに魔王軍の手に落ちているという事である。となれば引き返して川を渡り、ティリミナスまで戻らねばならない。
「まあどちらでも良かろう。ぬしゃらはここで果てるのみよ」
「お前は一体、何者だ!」
「自分で名乗りもせんのに答えてやる義理はないのじゃがなあ。麿は親切だから答えてやるでおじゃる。麿は陰陽大将、オヅヌ。魔王軍とは旧知の仲でな」
陰陽大将、オヅヌ。今までの魔王軍にそんな名前のやつは聞いた事がない。そこの知れないやつだ。ふと見ると葛葉が震えている。
「貴様が、貴様がオヅヌ! よくも、よくも玉葉姉様を!」
玉葉とは聞いたことがない名前だ。もしかしたらだいぶ昔の知り合いなのかも。
「玉葉? ああ、あの女狐か。奴の肝はなかなかに美味であったでおじゃる」
「お前が、お前が!」
いつもの冷静さを失っている。このままだとまずい。
「シルバー爺!」
「やれやれ。このままやり合うのも芸がないしの。ワシらはここで去らせてもらうぞい」
「逃がさん!」
青鬼がこちらに攻撃して来たが、結界で防いだ。これは、マリーの結界だ。
「大海嘯!」
シルバー爺が言葉を放つと、どこからともなく巨大な波が押し寄せてきて、奴らを押し流す。
「今のうちじゃ。退くぞ」
そう言うとぼくらはその場から一目散に逃げ出した。向こうは追ってくる気は無いようだ。恐らく魔王城に攻め込むにはあのミナサノールを突破しないといけないからだろう。でもひとまずはティリミナスまでさがって対策を立てないといけない。魔王軍攻略に暗雲がたちこめた。




