第130話:山田阿佐衛門角武の目覚め(山田隊長視点)
お風呂シーンはありません(血涙)
「その問いに関する答えを私たちは持っていないわ」
修道女の方の美女が言う。
「間違いないことを言うならば、彼は私たちの仲間であり、大切な存在って事だよ」
エルフにそこまで言わせるのも凄いと思うが。私は身体を起こしながら見る。修道女の膝の上で眠っている姿を見れば、それはそれは罪の無さそうな寝顔をしている。無邪気に何かを食べている夢でも見ているのか口元がモグモグしていた。
先程のあれは夢ではなかったのかとすら思う。夢ならどれほど良かったろうか。
「他の者は何処に?」
「まあそれぞれね。歩けるならついてくればいいわ」
そう言って背を向ける。私は力を振り絞り立ち上がる。傷などない。どこも悪くはなっていないのだ。だが、立ち上がるのに心が震える。いざ立ち上がってよく見ると立ってるのはエルフだけだ。
「そちらの御仁は共に行かれないので?」
「ラビきゅんが起きちゃうからね。しばらくは膝枕を独占させてもらうわ」
……まあ、私としてもあんな得体の知れないものを連れて歩きたくない。廊下に出ると、まずは部下の様子を見に行くことにする。
三刃はどうなったのか。殺されたのだろうか? 案内されたところは救護室だ。ベッドに三人並んで運ばれている。三人とも眠っている様だ。
「彼らは昏睡状態でね。恐らくこのまま一週間は目覚めないんじゃないかと」
一週間? そんなに目覚めないなど、その間の食事はどうするのだ? 弱った事になったが、死ぬと決まった訳ではない。寝ていても食事が出来るようにするには……
「安心して。肉体的な時間はマリーが止めたから起きて直ぐに食べれば大丈夫だからね」
肉体的な時間を止める? そんな離れ業が出来る人間などいる訳が無い。いや、聖女と呼ばれる人間は出来たと聞くが、もしや彼女は聖女なのか?
「くっ、ふふふ、マリーが、聖女、あはははははははは」
エリン殿は笑い出してしまった。あ、道道で簡単な自己紹介は済ませたところだ。
「そんなにおかしいだろうか?」
「あー、いや、勇者について行った、脳内お花畑のお姫様よりはマシなんじゃない?」
何やら具体的な人物が思い浮かんだようだが、私としても伝え聞く人物と、名前が違うので納得はしてしまう。
「そういえば伊藤の姿が見えぬ様だが」
「あー、うん、その子はこっち」
エリン殿が歯切れ悪く奥の部屋を指差した。私は扉を開く。膝を抱えて部屋の片隅不安で震えていた。本当の事を知るのが怖くて扉を閉じたのか、心の扉を。
「伊藤」
「ひっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい(後略)」
壊れたスピーカーの様にごめんなさいを繰り返している。完全に心が壊れてしまっているようだ。時折賄賂などは貰っていたものの、悪い男では無かったのだが。
「手を尽くしたんだけど、治らなくて。ごめんね?」
「いえ、無理もない。至近距離に居たのだから自業自得でしょう」
「次は何処に行く?」
「では、姫様とご面会を」
「あー、ええと、お姫様は今湯浴み中かな」
こんな時間に湯浴み? いや、思ったよりも時間が経っているのかもしれない。そう思って時間を見たが、まだ酉の刻(午後五時〜七時頃)にもならない。
「ならば朱里と先に話そう」
「そちらも湯浴み中だね」
姫様と朱里が一緒に湯浴みだと? それは教育的にどうなのか……あ、いや、その、朱里が成長過多であると言うつもりはないのだが。
「これは、むう、ならば太黒屋殿はいらっしゃるか?」
「あー、多分大丈夫だと思うよ。こっちだね」
案内されて食堂の方へと行く。そこには太黒屋殿が座っていた。私はその前の席に座る。
「太黒屋殿」
「おお、山田様、この度は、その」
「いや、こちらから頭を下げねばなるまい。済まなかった」
「そんな! 頭をお上げください」
私は腰に刀を提げて居ないのだが、そんなことで態度を変えないこの男には感服する。商人など金勘定しか出来んと思っていたのだが。
「統括管理官の命に従ったのでしょう? ならば山田様の落ち度ではありませんよ」
「うむ、私の立場、江戸派としてはそうするしかなくてな。しかし、他の商業組合員は統括管理官に着いたというのに、太黒屋殿はどうして」
「私は和歌宮様に恩義がありますし、それに、テイマーのマリエ殿は御免状をお持ちでしたからな。いざとなれば勝てると踏んだ訳です」
飽くまで恩義だけでなく勝算の高い方に着く。なるほど、こやつは商人であることよ。
「して、これからどうされるおつもりかな?」
「これからの事は和歌宮様次第ではありますが、このまま乗り込んでも構わないと思っております。江戸には早馬を走らせましたので」
どうやら私よりも二手三手先を見越していたようだ。となれば早馬が帰ってくるまで待つという手も取れる。ここから先は姫様と話してからだな。湯浴みから上がるのを待つ……湯上りの姫様と話せと?




