第123話:救護院へ
ちょっと寄り道。
蒼尉さんを助けた天使の顔、まさに慈愛に満ちた天の御使いと呼ぶに相応しい柔らかい顔。
『ありがとう、マリー』
ぼくは素直にお礼を言った。相当無理言ってた自覚あるもん。マリーにとっては仲間でも神の信徒でもなんでもない単なる他人だもんね。
「ラビきゅんが! お礼を! 言ってくれだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
なんか発狂しだした。そしてぼくを抱き上げる。これは、来るぞ! ゴリゴリと胸板にぼくの顔が押し付けられる。肋骨がリズミカルにぼくの頬を削ぎ落としていく。痛い、痛い、痛い!
「はいはい、そこまで。マリー、ラビが死んじゃうからその辺でね」
『ううっ、エリン、ありがとう』
「例には及ばないよ」
エリンがツタでマリーを簀巻きにしてくれたのでことなきをえた。いや、縛らなくてもいいんじゃないかとは思ったけど
蒼尉さんはそんな簀巻きのところに跪いた。
「女神様、感謝します」
「よしてください、女神様だなんて恐れ多い。いえ、それよりも主はあなた方といつも共におられます。祈りなさい」
女神様と呼ばれるのは気に食わないようだ。そりゃあそうだ。本人は天使なんだから。女神様のお仕事を間近で見てきた上で真っ平御免だと思っているのだろう。
朱里さんに仁太君たち孤児院の子どもたちも祈っていた。どうやらみんな祈りが深まった様だ。
「たまにいいことすると気持ちいいですね」
『まあマリーのお陰だもんね。まあこれで特にやる事は無くなったわけだけど』
「そんな! 死にかけの病人とか居ないんですか?」
そんなにホイホイいてたまるか!
「いや、一応救護院ってとこには掃き溜めみたいに死にそうな奴らが運ばれてきてるが」
「朱里、女神様たちをご案内してさしあげて」
「そうだな」
まあそれでも今日はもう遅いという事で二人はここに泊まることになった。いや、帰らなくても大丈夫なの?
「みんなオフだからいちいち報告する必要も無いよ」
ぼくは久々という事でエリンとマリーに挟まれて寝ている。これがパイオツカイデーなねえちゃんとかなね挟まれるんだったら優しさに包まれた状態になって目に映る全てのものはパラダイスになったのかもしれない。
薄い板と薄い板、どちらも頑丈で僅かに表面がでこぼこしてる。そんなボディに囲まれたところでなんの拷問だというのだ。
迷宮に迷い込んで気付くと扉が開かなくなり、左右の壁がどんどんとぼくらを潰してしまうように動き出す。そんな感じ。
いや、グレンたちと旅してた頃はそこまでではないけど時々あったよ。だいたいグレンのそばで寝てたから頻繁ではないけど。
「ラビきゅぅん」
「ラビ、こっちおいで」
マリーが抱えているところに押し付けるようにエリンが背中から押し潰してくる。ぼくはそんなに丈夫じゃないから圧壊しちゃうよ!
翌朝、何とか生き残ったぼくはあちこちに走る痛みを抑えながら今日の予定を確認した。マリーとエリンを救護院とやらに連れて行くのだ。
孤児院を出て、レッドエリアをぐるりと回る。イエローエリアへの門は一箇所しかないらしく、門から離れたところに行くと更なる貧困が広がっている。
「この辺りはバカどもが多くてね。まあアタイと一緒に居りゃあ大丈夫さ」
一緒に来てくれたのは朱里さん。蒼尉さんはリハビリ中。仁太君がお手伝いをするらしい。
「先生、幻庵先生、居るかい?」
どう見ても掘っ建て小屋といった感じの建物につくとドンドンと扉らしきものを叩く朱里さん。
「やかましいぞ、お前の馬鹿力で叩かれたら壊れてしまうだろうが!」
ごもっともだ、と思う意見を寄越したのは家の中から出てきた爺さんだ。相当にラフな格好をしている。人前に出る格好じゃない。
「悪い悪い。今日は朗報を持ってきたぞ」
「朗報だと? このスラムの救護院にも資金提供してくれる金持ちとか出てきたんか?」
「違ぇよ。蒼尉の足が治ったんだ」
「なんじゃと!」
幻庵先生とやらはものすごい勢いで身を乗り出してきた。どうやら蒼尉さんが死なないように見事な処置をしたのはこの人らしい。
「あの足を切ったのは今でも間違った判断だとは思っておらん。あのままでは確実に死んでおったしな。しかし、あのジョーカーの呪いを跳ね除けて足を生やすなぞ」
「呪いの除去には確かに苦労したわね」
口を挟んできたマリー。なるほど、羽根出してフィールド展開までしてたのはジョーカーの呪いが掛かっていたからか。
「ジョーカーが生きていたら呪いは解けてなかったでしょうね」
「ジョーカーが、まさか倒されたのか?」
「そうよ、この子たちが、倒したわ」
マリーがそう言ってマリエさんたちを紹介した。マリエさんたちは自分たちは何もしてない。倒したのはぼくだって……えっ? ぼくが倒したっけ?




