第103話:謀を帷幄の内に巡らし(葉蔵視点)
Q:蜃さんは砂漠から動けない?
A:動けなくは無いが、動いてやり過ぎると出番を取られたと晶龍様に不貞腐れられても困るのでな。
「はっ、我は何を」
「気がついたか輝臣。幻術にやられおって」
「幻術だと!? おのれ、蛮族、どこまでも卑怯な!」
ドン、と起き上がってテーブルを叩く。ここは後方の帷幄の中。まあ作戦本部というところだ。幻術が解けても後遺症が残っていたのか、輝臣が暴れ倒していたので、ここに連れて来た。これだから脳筋は。
「それで葉蔵、貴様はここで何をしているのだ?」
「まあ待て。向こうに守護獣的なやつが居るようだ。今はそいつの対策待ちだな」
「貴様の術と我の武があれば恐るるに足らんだろうが!」
「その武の要であるお主が幻術に囚われていたのだが?」
「うぐっ」
全く、短絡的にも程がある。かと言って武の力で言えばこいつ以上の傑物は居るまい。武芸十八般を身につけ、戦場で一騎駆け出来るほどなのだ。
正直、純一郎も正信も戦場では役に立たん。まあ正信は後方で金を出してくれればいいし、純一郎も数合わせだ。女をたぶかせたら一流だから巫女姫をたらしこめんかと期待したのだが。
ともかく、あんな化け物が向こうについたとなるとどうしても不利になってしまう。輝臣の武で何とかなればいいのだが、おそらくは先だってと同じ様に幻惑されて終わりだろう。
「ここは長期戦でやるしかなかろう」
「バカな! こんな事が江戸表の上様に知られたら我らは」
「分かっておる! だがもうあとには退けまい。それとも兵をとって返して上様のお命でも頂戴するか?」
「貴様! 上様に対してなんたる」
「輝臣! それほどまでに切迫しておるというのだ。このままでは揃って詰め腹を切らされるぞ?」
「ぐぬぬ」
この男も悪い人間では無いのだが。いや、頭は悪いな。私としては上様への忠義はそこまでないから反旗を翻すのはやぶさかではないのだが。
「ともかく、無理やりにでも攻略して、遣いが来れば処断して、実績をもって江戸に帰るしかないのだ」
「むむ、難しいことはよく分からん。だが、奴らを打倒しないことには我らの道はないというのはわかった」
正直、こいつを説得出来れば残りの二人はどうとでもなる。まあ正信に金を出させねばならんが、これは仕方ないだろう。やつの溜め込んだ財貨は私たち三人よりも多いのだ。
「どうやら気がついた様だな」
「ちょうど良かった、正信、お主に話がある」
「ほほう? 申してみよ」
「この戦、長期戦になる」
「なんだと! 貴様、ひよったか?」
正信が激昂する。まあこいつだとそういう反応をするのは分かっていた。
「ならば問おう。お主にはあの化け物を何とかする手立てがあるのか?」
「うぐっ、そ、それは……」
「一番良いのは兵を退く事だが」
「そ、それは困る。得るものなく兵を動かしたと知られれば我らは」
あからさまに狼狽する正信。輝臣や私ならば相手の戦力を見た上で次の手を考えるからと理由付けも出来ようがこやつには無理だろう。
金儲けにだけは異様に鼻が利くだけの俗物だからな。まあ顔以外に取り柄のない純一郎に比べればマシではあるが。
「すまんが正信には籠城の準備をしてもらいたい。砂漠に面して奴らを取り囲む。必要以上に近付かずな。どうやら奴は砂漠から出てこない様だ」
これにはきちんと理由がある。我らが撤退する時に追ってこなかったからだ。追撃して殲滅するのが容易いタイミングで何もしてこなかったのだからおそらく間違いない。
「おそらく草原の範囲内で戦えば私たちが勝つだろう。だが、向こうもそれを分かっているに違いない。だからおびき寄せられなくとも包囲して補給を断つ」
「奴らが砂漠を経由をして別方向に逃げるやもしれんぞ?」
「そうなったらここに要塞を築くだけの事。奴らには攻略は出来まい」
所詮草むらを走り回っている蛮族だ。攻城戦の得手などなかろう。つまり、無理やり追い出してでも要塞を築いてしまえばあとは容易く草原を手中に納められるのだ。
「仕方あるまい。ならば金は出してやろう。草原が手に入るなら今が赤字でも何とかなるだろうからな」
「私はお主のそういう先見の明を評価しておるよ。さて、では輝臣には包囲の指揮を取ってもらわねばな」
「おお、お易い御用だ。しかし葉蔵よ、相手が仕掛けてきたら返り討ちにしてやってもいいのだろう?」
この状況で相手が打って出てくるなど思わないが、痺れを切らせば有り得ん話ではない。あの化け物が出てこないならば何とでもなるだろう。
「構わんさ。好きにしてくれればいい」
「そうか。せいぜい挑発してやるとしよう。強そうなのは居たから楽しみだ」
相変わらずこの男は恐ろしい。私としてはいい駒で居てくれればそれでいいのだが。
「伝令! 江戸方面より人影が!」
「おお、正信の補給物資か?」
「それが、人影は三人程なのですが」
三人? 単なる旅人なのか? いや、それならば街道から外れたここには来ないだろう。一体何者だというのか。




