第102話:敵襲対応、そして助っ人(アシュリー視点)
蜃「晶龍様は約束を破るような方では無いからな」
晶龍「えーと、すいません。忘れてました」
「敵襲!」
誰かの声がユルトに響きます。斥候に出ている人たちでしょうか。敵とは穏やかでは無いですね。野の獣ならば敵襲とは呼ばないはず。もしかしたら邯鄲からの侵略者なのでしょうか?
起き上がってユルトの外に出ます。アシュリーが私はユルトから出ないようにと言ってきました。そんな訳にはいきません。私は、このワザリアの巫女姫なのですから。
「ワザリア族に告ぐ! 我々は江戸の武士である。この度、この草原は我々が接収する事と相成った。早々に立ち去ると言うならば見逃そう。そうでないのならば蹂躙されることを覚悟するがいい!」
見逃そう、とは大きく出たものだ。確かに敵は多勢、我々は戦えるものは数える程しか居りませぬ。ですが、ここで退く訳にもいきません。なぜなら、彼らは我々の逃げ道を塞いでいるのですから。
これは私の巫女としての能力と言うよりかは我々ワザリア族が持っている気配察知の特性のなせる技。外敵の接近をいち早く察知出来るのです。もっとも、向こうはこっそり来る気などなかったようですけど。逃げ道を塞ぐのさえ、堂々と行っていますからね。
「巫女姫、如何しましょう?」
「如何も何も、ここで抗わなかったら我々は砂漠に行くまで追い詰められますよ。その事は分かっているでしょう?」
「はっ。草原に沿って向こうの軍が展開していってますからな。我々の逃げる場所は砂漠だけになるでしょう」
「戦うしかありません。晶龍様には一縷の望みを託していたのですが」
「我らワザリア族は巫女姫に従います。死ねと命じてくださればこの命、投げ捨てましょう」
「命は投げ捨てるものではありません。子どもや女性をなるべく護れるように男たちが前に出てください」
こんな事を命令しないといけないのは辛いです。ましてや、今回は殆どの確率で負けが決まってるようなもの。無理だと思います。私も、運命を共にしましょう。皆に顔向けができませんからね。
「放て!」
アシュリーの合図で矢が無数に向こうの陣地に飛び込んでいきます。これが昼ならばきっともっと命中率は良かったでしょう。そういうのを理解して夜に攻めてきたのかもしれません。侮れませんね。
「種井輝臣見参! 我こそは、と思うものは掛かってくるが良い!」
馬に乗った巨漢とも呼べる人間が出てきました。あんなに大きな人間が普通の馬に乗るなんて馬が可哀想。
「舐めるな!」
若手が二三人まとめてかかっていきました。それなりの武の心得がある人間です。そのもの達があの巨漢が手に持っている棒の様なものを振り払うと、あっという間に吹っ飛ばされて地面に伏しました。
「はーっ、はっはっはっはっ。弱い弱い弱すぎる! もっと手応えのあるやつはおらんのか!」
なんということでしょう。一人一人ならこちらに分があると思っていたらとんでもない化け物がいるみたいです。これは、撤退するしかありません。とりあえずユルトを捨てて逃げ道は……砂漠しかありませんね。
向こうは付かず離れずで追ってきます。これは、勢子の様に砂漠に追いやっているのでしょう。じりじりと砂漠に進んで行くのをどうすることも出来ません。最早これまでなのでしょうか。
「随分と騒がしい事よ」
砂漠の方から声が掛けられた。砂が大量に盛り上がって姿を現したのは砂漠の怪物、いえ、晶龍様を乗せて来られた蜃様です。
「ふむ? お主は確か晶龍様の。こんな夜中に砂漠に用事か?」
「蜃様、お助けいただけませんか?」
私は藁をも掴む思いですがりついた。部族が生きるか死ぬかなのだ。形振りなど構っていられない。いずれ、蜃様の血肉になろうとも。
「なるほどのう。どれ、手助けしてやるかの」
「よろしいのですか?」
「晶龍様と約束をしたのであろう? 約束を破るような方では無いからな。戻ってきた時に滅んでおったとワシの口から申し上げる訳にもいかん」
「ありがとう、ございます」
私は深く深く頭を下げた。蜃様は大量に迫ってくる軍隊に向かって、何か口からモヤのようなものを吹きかけた。
「むむっ、いつの間に背後に回り込んだのだ? ええい、倒せ、倒せい!」
巨漢が馬を翻して後ろの方に突っ込んでいく。
「種井様、御味方、御味方でございます!」
「ご乱心、種井様ご乱心!」
「流言蜚語を! 貴様らはどう見ても野蛮人ではないか!」
「殺せ、殺せ! 砂漠に行かぬ奴らは全員殺してしまえ!」
阿鼻叫喚の地獄絵図があった。蜃様は幻覚で同士討ちを誘ったのだろう。注意深い司令官ならば止めていたのだろうけど、あの人は血を見たがっていたから簡単に引っかかったのだと思う。
「落ち着け、落ち着くのだ、輝臣! お主が正気を失ってどうするのだ!」
「邪魔をするな! むっ? 葉蔵に似た気味の悪い顔だ」
「お主が普段私の事をどう思ってるかは理解した。とにかく落ち着け」
そう言いながら何やら魔法をかける。あの人は呪い師だったのか。




