第10話:牛さんと女の子
女の子は牛さんの言葉は分かりませんが、牛さんは女の子の言葉が分かります。
次の瞬間、ぼくの足は駆け出していた。ゴブリン目掛けて、一直線に。
「お、おい、なんだお前、妙な動きをするンじゃねぇ!」
女の子に武器を向けてる方のゴブリンに向かってまっしぐらに駆け抜け、そして、跳んだ。ぼくは一発の魔法弾みたいになってゴブリンに突撃した。
「グボァ!?」
ぼくの頭にはホーンラビットのアイデンティティでもあるツノがついている。そこまで長くはないが、突き刺す位の事は出来るんだ!
「うおおおおぉ、腹が、腹が!」
「お、おい、大丈夫か? てめぇ!」
「余所見してる暇があるのかい?」
もう一体のゴブリンがぼくに向き直って武器を構えた。その後ろから牛さんが突進してくる。足を痛めてたんじゃなかったっけ? 後で聞いたら少しの距離なら無理すれば走れるんだと。なるほど。
「グギャギャギャ!」
ゴブリンその二は吹っ飛ばされて動かなくなった。あんな突進が当たったらぼくだって一溜りもないよ。
「お前も吹っ飛ばしてやろうか?」
「グギャ!? いやいやいやいや、そんな、エヘへへへ」
「そこのバカを連れてさっさと去りな!」
「ひぇ〜、すいませんでしたー」
ゴブリンその一はその二を捨てて脱兎のごとく逃げ出した。いや、だからうさぎはぼくなんだって。
「大丈夫かい?」
牛さんは女の子に優しく声を掛けた。でも、女の子は怯えるばかり。きっと、モーとしか聞こえないのだ。グレンもテイムしてないぼくの言葉は分からなかった。だからこの女の子も牛さんの言葉が分からないんだろう。人間は不便だ。
「あの、その、ごめんなさい、ええと、ありがとう?」
お礼を言ってるのが聞こえる。ぼくはちゃんと女の子の言葉がわかる。グレンが使っていたのと同じ言葉だから。ぼくにはちゃんとグレンの言葉が分かるのにグレンはぼくの言葉が分からなくなっちゃったんだと思うと悲しくなってくる。
「いいんだよ、怖かったろう?」
牛さんはしっぽで女の子の頭を撫でた。前足だと蹄が痛いし、下手すると潰しちゃうからね。撫でられて気持ちよくなってるみたいだ。
「あのね、今日も、ミルクもらっていい?」
「ああ、良いとも。好きなだけおあがり」
そう言うと牛さんは立派な乳房を女の子の方に突き出した。それが了解のしるしであると理解したのか、女の子は意気揚々と牛さんのおっぱいを搾ってミルクを器に入れている。
「牛さん、ありがとう」
やがて女の子は器を外してその器をゴロゴロ転がしながら街の方へと歩いていく。あのまま街まで行くのだろうか?
「いつもの事だよ。もう慣れてるのさ」
牛さんが教えてくれた。どうやらあの女の子がここに迷い込んで来た時にミルクを飲ませたのが忘れられなくて、度々来ているんだそうな。
「私はひとりぼっちだからね。あの子が来てくれるだけで楽しい気分になるのさ。子どもたちにおっぱいをあげてる気分にもなれるしね」
愛おしそうに女の子が去って行った方を見つめながら牛さんは言う。ぼくはお母さんを知らない。生まれて直ぐに人間たちの狩人に襲われたから。だからって人間を憎んだりはしてない。だって、ぼくとずっと一緒に居てくれて、愛情を注いでくれたグレンも人間なんだもの。
「さてと、そろそろ行こうかね」
「どこに?」
「分からないけど、恐らくさっきのゴブリンどもが徒党を組んで襲ってくるだろうからね。生きてはおるまいよ」
「そんな……」
ゴブリンというのは執念深い生き物の様だ。さっきのだって完全に自業自得なのに、徒党を組んで襲ってくるだなんて。一体や二体くらいならぼくも戦えると思う。でも数が多いと……
「う、牛さんはぼくが守るよ!」
「震えながら言われても説得力無いねえ。うさぎさん、あんたは逃げなさい。巻き込まれることはないんだよ」
「い、いやだ!」
「あんたがもっと強ければ頼りにしたんだけどねえ。さすがに私よりも弱いだろう?」
それは、そうかも、だけど、でも、ぼくには、牛さんを見殺しにするなんて、出来ないよ……
「わかったよ。それならゴブリンが来たら分かるように調べてくる。こう見えて偵察は得意なんだ」
「こう見えても何も得意そうにしか見えないよ。まあ赤いから目立つというのはあるけど」
ぼくの身体が赤いのはもう仕方ないのだ。生まれつきだからね。でもそれでも偵察が失敗したことは……あんまりない。失敗しても逃げ切れたらセーフってことにならないかな?
「じゃあ行ってくる!」
ぼくは森の中に走り込んだ。さっきのゴブリンたちは怪我をしている。だからきっとそう遠くには行ってないんだろう。
果たせるかな、肩を寄せあってびっこをひいてるゴブリンの二人組を見つけた。何かブツブツ言っている。耳をすませてみよう。
「あのクソ牛! 見てろよ、絶対にぶっころしてやる!」
「それにあのホーンラビットもだ! オレの腹に穴あけやがって!」
「帰ったら応援を集めるぞ。二十も集めりゃ十分だろうがよ!」




