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永遠のエテルノ

作者: 江葉

松本零士先生追悼。



 ルガーには、物心ついたころから親という者がいなかった。

 ルガーを拾った家で殴られて育ち、およそ教育などは受けられず、逃げ出した後は盗みを繰り返して生きてきた。ルガーという名前すら自分でつけたものである。

 常識も身についていないルガーだが、盗みや殺人が犯罪であるということは知っていた。恵まれた連中から奪うことに何ら罪悪感は抱かなかったが、捕まったら殴られるより酷い目にあうことは察していた。できることなら犯罪以外の方法で生きていきたい、とは思っていた。


 盗みをしながらばれそうになったら逃げるのを繰り返し、各地を転々としていたルガーは冒険者になった。親も戸籍も持たない者の多くが進む道にルガーも足を踏み入れたのである。我が身一つ、あるいはパーティを組んで古代遺跡『迷宮』を探索し一獲千金のお宝を狙う。命と引き換えの夢とロマンを追う職業、それが冒険者だ。

 『迷宮』には宝を守る番人スプリガンがいる。倒した番人から得られるドロップアイテムも高価で取引された。

 人を襲うのも番人と戦うのもそう変わりはない。ルガーの武器は長剣だが誰に学んだわけでもない我流なため、強いとはいえなかった。『迷宮』の浅い階層を行ったり来たりして日銭を稼ぐ日々だ。


 そんなルガーに転機が訪れた。


 エテルノ、と名乗る美女が『迷宮』探索の相棒にルガーを指名したのである。


 エテルノは不思議な女だった。


 『迷宮』探索には不釣り合いな白いロングドレスを身にまとい、腰まである長い金髪を結いもせず、立ち居振る舞いから話し方までどう見ても良いところのご令嬢だ。

 おまけに女神もかくやの美貌ときている。たとえ無一文であろうと彼女のためなら、と腕利きの騎士が列をなすだろう。


 なのにエテルノが選んだのはルガーだった。数日前ふらりと町に現れギルドで相棒を募っていると聞いた時、俺には縁のない話だとルガーは思ったものである。

 はっきりいってルガーはひとでなしだ。あんな美女、誰を選んだって『迷宮』に入ったとたんにヤられちまうぜ、と下種な妄想を滾らせたし、『迷宮』に行かずに売り飛ばせば高値が付くと考えもした。

 なぜエテルノがルガーを選んだのか、さっぱりわからない。ギルドはもっと腕の立つ冒険者を何度も薦めていたほどだ。


「ルガー様? お疲れになりましたか?」

「いや、なんであんたが俺を選んだのか考えてた」

「まあ」


 ころころとエテルノが笑う。もう何度目かわからない疑問だ。世界七不思議になれるだろう。


「ルガー様が良いと思ったのです。わたくし、自分の直感を信じております」

「俺はただの乱暴者ですぜ」

「またそんな……。ルガー様は紳士ですわよ。わたくしの騎士様」


 わたくしの騎士様。


 エテルノにそう言われるたびに、ルガーは尻が痒くなる心地になる。

 騎士なんて、そんな御大層なもんじゃねえ、と反発したくなるような。エテルノがそう言ってくれるのなら騎士らしくなってみようかと決意するような。何ともいえずむず痒い心地だ。


 そう。


 ルガーは妄想していたような、エテルノを襲う、なんてことを一切していなかった。それどころか、彼女が作った料理を受け取る時、ちょこんと指先が触れ合っただけで飛び上がりそうになった。二、三回は実際に飛び上がって皿を落とした。


 恋。


 きっとこれが恋というやつだ。三十にもなってはじめての、恋。


「いよいよ最深層に入るのですもの。今日はもう休んで明日に備えましょう」


 エテルノがトランクからテントを取り出した。このテントは番人から冒険者を隠す、認識阻害の効果がある。冒険者の必須アイテムだ。

 浅い階層しか行ったことのないルガーでも深部の番人を倒すことができた。これも七不思議のひとつだ。


 ルガーとエンカウントした番人は、何かに怯えたように動きが鈍る。

 エテルノの言う直感とはもしやこれか、とルガーは思っていた。


 テントの中で身を寄せ合って休んでいても、ルガーが彼女を襲うことはなかった。

 彼女は男の醜い欲望をぶつけてよい相手ではないのだ。何者にも汚されない存在――いや、エテルノが自身で選んだのなら汚されたことにはならないかもしれないが、ルガーのような、汚い犯罪者が触れてはならない女だった。

 エテルノは汚れなき乙女であり、永遠の理想である。初恋とはもしかしたらそうしたものなのかもしれない。エテルノの寝顔にルガーはそんなことを思い、自分にそんな甘い感傷があったことを喜んだ。


 エテルノが『迷宮』を探索するのには理由があった。


「母親の、遺産……?」

「はい。オークションに出品されていればまだ良いのですが……。遺産を奪ったものが世界各地の迷宮に隠してしまったのです」


 エテルノほどの、名家の令嬢とわかるほどの女がなぜ『迷宮』に挑むのか。当然の疑問にエテルノはそう答えた。

 なるほど。番人のいる『迷宮』は盗賊のアジトになりやすい。何しろ侵入者を排除するシステムがすでにあるのだから、実力のある盗賊団ほど『迷宮』を拠点にする傾向にあった。


「母が死んだ……殺された後……、その遺産は賊共に切り分けられ、世界各地に散逸してしまいました。わたくしはせめて、元に戻らずとも母を……母の一部なりとも取り戻したいと思っているのです」


 ルガーに母の思い出はない。聞けばエテルノの母親も彼女を生んですぐ賊に襲われてしまったため、思い出と呼べるものはないらしい。母との思い出は、姉たちとの思い出でもあるそうだ。

 ルガーは想像する。もし俺が母の命と引き換えに生まれ、愛されていたと語られたそのすべてを奪われたとしたら。形見を取り戻すどころではない、そいつらのなにもかもを奪い壊してやらなければ気が済まないだろう。

 その思いは同時にルガーの胸を抉った。


 今までの自分は、そんな思いを名も知らぬ子に与えていたのだ! 盗みを見られたから、という時もあったし、明らかに夫婦とわかる若い男女を襲ったこともある。母親に抱きしめられた子供の目の前でその母を笑いながら殺したことも。


 こんな犯罪者と相棒では、エテルノまで何を言われるかわかったものではない。それでもルガーには、エテルノの感謝の言葉、戦う自分を見る心配そうな瞳、細やかな、愛されているのではと錯覚するほどの気遣いをいまさら手放すことはできなかった。


 だからこれは、因果応報なのだろう。


 エテルノの騎士となり、三つめの『迷宮』に挑むべくダンジョン近くの町に宿をとった時だった。


「見つけたぞ! 餓狼のルガー!!」


 かつての、盗賊だったころの異名を叫ばれた。


「我が名はヴェルデ! 貴様に殺された、アヴァール男爵家の子だ!」


 叫ばれたものの、ルガーはアヴァール男爵家に覚えはなかった。基本的に一人で行動していたルガーは、貴族といっても護衛付き馬車を襲ったりはできなかったのだ。

 狙ったのは護衛もつけずにのこのこ外歩きをしていた、身なりの良いものばかり。彼らはお決まりのようにどこそこの家の者と知っての狼藉か、と言った。そんな名前程度で怯む者しか相手にしたことがなかったのだろう。もちろんルガーは聞き流し、男は殺して金品を奪い、女なら犯した後に殺して金品を奪った。子供がいればそれを見せつけた後で奴隷商人に売ってやった。


「……んな、家名言われたって覚えてるわけねえだろ」

「なんだと!?」

「お貴族様が護衛もつけずにのこのこ俺の縄張り散歩してっほうが悪ぃんだろうが」

「こ……っ、この……っ、人の親を殺しておいてそれか……っ」

「誰をいつ殺したかなんてあいにく覚えてないんでね」


 煽るようなことを言ったのは、もちろんわざとだ。

 アヴァール男爵家もヴェルデという名にも覚えはない。殺す相手の名前なんていちいち聞くわけがないし、名乗られたところで覚えているわけがない。

 ヴェルデが現れた時、ルガーは動揺した。以前までの彼ならヴェルデがのんきに名乗り上げている隙にさっさと逃げていただろうが、動揺しすぎて逃げられなかった。


 エテルノが聞いたらどう思うだろう。 

 わたくしの騎士様。そう言って微笑む彼女が、彼女の騎士が実は強盗殺人犯だと知ったら。彼女の母親を殺した賊と、同じ人間だと知られたら。

 そう思ったら足がすくんで逃げられなかった。


「ルガー様?」


 間の悪いことに、買い出しに行っていたエテルノが戻ってきてしまった。

 『迷宮』のボス番人を倒し、母親の遺産を奪還した祝いだと、今夜はごちそうにしようと喜んでいたエテルノが、食材を抱えて不安げにルガーとヴェルデを交互に見る。

 可憐なエテルノの姿にヴェルデが目を見張り、頬を染めたのにルガーは気が付いた。そして、親しげにルガーを呼んだことに、憎悪が強くなったことも。

 覚えていない、なんて。言い訳にしかならない。


「あ……、あなたは?」

「わたくしはエテルノ。ルガー様の相棒ですわ」


 来るべき時が来ただけだ。


「相棒……? そんな、この男は犯罪者なんだ! こんな男はあなたにふさわしくないっ!」

「なんてことを言うのかしら。ルガー様はわたくしが是非にと見込んだ方ですのよ」

「何の罪もないわたしの両親を殺したのはルガーのやつだ! わたしだって奴隷にされた!」

「何の罪もない……? 仮にも貴族であるならば、ルガー様のような、罪を犯さなければ生きていけなかった子供たちが道を踏み外さずすに済む治世をすべきではありませんこと?」

「綺麗事だ! 犯罪者は悪人だ、罰を受けるべきだろう!!」

「わたくしの騎士への侮辱はわたくしへの侮辱ですわ。わたくしが、受けて立ちましょう」


 凛として言ったエテルノは、神々しいばかりのうつくしさだった。


 ルガーは目を閉じる。


 胸を貫くような痛みがあった。それは、はじめて沸き上がった罪悪感であり、それでも信じてくれるエテルノへの感動だった。


 いつか、こんな日が来ると思っていた。

 その時は誰に惜しまれることも、悲しまれることもなく、ひとり惨めに死ぬのだと。


 だがどうだ。ルガーのような男を騎士と慕ってくれる女がいる。それも、とびっきりの美女だ。

 相手が誰であろうと関係ない。ルガーを憎み、殺したいと思う者は山ほどいるだろう。それを実行に移したのがヴェルデだっただけなのだ。


「騎士だと……っ? その男を騎士など、それこそ騎士に対する侮辱だっ!」

「少なくとも、ルガー様は『迷宮』の宝を独り占めも、懐に隠したりもなさらなかったわ。わたくしに無体を働いたこともありません」


 ヴェルデの表情がこわばった。

 奴隷あがりのヴェルデは見るからに冒険者の身なりだった。ルガーへの執念を燃やして旅をしていたのだろうが、それこそ綺麗事ではすまなかったのは想像に難くない。ルガーと同じことをして、各地を転々としていたのだろう。後ろめたいことがあったからエテルノの言葉に反応したのだ。


「……っ、そこまで言うのなら……っ」


 ヴェルデが手袋をとり、ルガーに投げつけた。ぽすん。気の抜けた音がして地面に落ちる。


「騎士ならば拾えるだろう! 決闘だ!」


 ルガーは拾った。

 まるで砂漠で見つけた一滴の水のように。夜空に輝く一等星を指さすように。

 我が子をはじめて抱く父親のように、ヴェルデの手袋を拾い上げた。




 ひとりで死ぬのだと思っていた。

 誰にも看取られず、惨めに野垂れ死ぬのだと。





 けれど今、ルガーはエテルノの騎士として死ねる。

 こんなに幸福な死は、きっと他にないだろう。





 ドウッ。

 血をまき散らしながら、ルガーが倒れた。

 ルガーの武器は長剣。師はおらず、我流の、ただがむしゃらに剣を振るだけの拙い腕前だ。


 『迷宮』の番人はなぜかルガーとエテルノにおびえた様子だったが、若く力のあるヴェルデには敵わなかった。


「ルガー様!」


 エテルノが駆け寄ってくる。

 そのうつくしい瞳からこぼれる涙はどんなお宝よりいっとううつくしい。ルガーは彼女の名を呼ぼうとしたが、もう声が出せなかった。


「ルガー様、あなたはわたくしの騎士です。いつも、どんな時だって……っ」


 白いドレスが汚れるのも構わずエテルノが膝をつき、ルガーの頭を胸に抱いた。ルガーがこと切れるまで、彼女はそうしていた。

 敵をとったはずのヴェルデが快哉を叫ぶこともできないほど、それは神聖な光景だった。


 恋した姫の胸の中で騎士が命を落とす。

 

 男なら一度は夢見る死に様である。ルガーとヴェルデの決闘を見守っていた冒険者たちは、勝ったヴェルデではなく負けたルガーに羨望を抱いた。

 エテルノの涙の前に、ルガーの罪はもはや問題ではなかった。


 ルガーを失ったエテルノは、ヴェルデに連れられて町を出た。是非もない。それが決闘にかけられた女の運命である。

 町の外に出たヴェルデは誰も見ていないことを確認すると、エテルノの持っていたトランクを奪い取った。


「何をなさいます!? それはわたくしの……っ!」

「母親の形見だって? 聞いてるぜ、お涙頂戴の話で『迷宮』探索してる美女の話は」


 怯えるエテルノの顔を覗き込み、下卑た笑みを浮かべる。


「心配すんな。ちゃあんと金持ちの旦那に売ってやるよ。上手く媚びれば別の形見を買ってくれるかもな?」

「……ルガー様が親の仇というのは、やはり嘘でしたのね」

「やっぱり? なんだ、気づいてやがったのか?」


 これほどの美女だ、さぞや高値が付くだろう。『迷宮』のアイテムも、査定次第では国宝ほどの価値が付く。


「餓狼のルガーが改心したと聞き、罪悪感をあおって死ぬように仕向け、わたくしと、わたくしの母の遺産を奪う計画だった」


 ヴェルデがいぶかしげな顔になる。反対に、エテルノは憐みの表情になった。


「百枚舌のディック。被害者の振りがお上手ですこと、さすがは詐欺師ですわね」


 異名と本名を言い当てられたヴェルデーーディックが今度こそ驚愕に目を見開いた。ディックが行動していた町はここから遠く離れたところだ。エテルノほどの美女が近くに来ていたら、噂になっていないはずがない。ディックも一目拝みに行っていただろう。


「どこで、それを――」


 ディックが腰に下げた剣を抜くより早く、光が彼の胸を貫いた。口を開けたまま、ディックが倒れる。


「……お母様、ルガーを気に入ってらしたものね」


 ぽつり。エテルノが呟いた。


 胸に穴の開いた男を見る目は完全に塵芥を見るそれだ。何の興味すら示していない。

 男が落としたトランクを拾い上げる。振り返ることなくエテルノが歩き出した。


「行きましょう、わたくしの騎士たち。わたくしたちは、ずっと……一緒よ……」


 エテルノは微笑みを浮かべる。彼女を愛した男たちは時という残酷な流れに乗ることなく、彼女と共にいるのだ。

 どこまでも、いつまでも。永遠に。



訃報を聞いた時はそうでもなかったのですが、999の曲を聞いたとたんにどばっと涙が溢れてきて自分でも驚きました。あの世界観を持った作家が喪われたことが、胸にぽっかり穴が開いてしまったような気持ちです。


当初のプロットではエテルノの正体をほのめかす予定でしたが、謎のままのほうがいいかな、とこうなりました。

ルガーはファンタジーにありがちなごろつき。恋という輝きに焼かれて命を落とす男。

ヴェルデもプロット段階では本当に殺された貴族の子で、エテルノの正体に気づく役目でした。謎のままに変更したのでろくでなしの詐欺師に。ごめん。


松本作品は「これってどうなの?」「結局何者だったの?」という美女が良く出るので少しでも雰囲気が出てたら嬉しい。私が一番好きなのはクイーンエメラルダスです。

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[一言] 子供に母は銀河鉄道、父は宇宙戦艦の乗ったままと言われます。 拝読して、初期のメーテルだー!!と懐かしく思いました。優しくて冷酷で謎が多くでも魅せられて、逃れられない。 松本作品よみかえしてみ…
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