日常
如月幸太はひとりが好きだった。
みんなが楽しく飯を囲んでいてもそれは魅力的ともとも思わないし、むしろひとりで飯を食べることが楽だと感じていた。みんなと食べる時間を合わせる必要もないし、食事中の話題を考える必要もない。
さらにはひとり遊びにも彼は通じていた。ゲームもいつもひとり用でプレイして、じっくり自分の中で消化していく感覚が好きだった。
「あ〜。面倒だ」
と全てに口に出したくなるような暑い夏に俺は自転車を走らせていた。
理由は簡単で両親にお使いを頼まれたから。親にとっては幸いだろうが、俺は反抗期ではない。口には絶対しないが、親には感謝しているし、その上ある程度の雑用なら手伝いたいとさえ感じている。
だからといって、高一の夏休みの初日。それも35度を超えるこの時間帯に買い物は流石にだるい。汗も止まらないし、これでは帰宅した瞬間にシャワー確定だろう。この格好なら、家でもずっと気持ち悪く過ごすだろうから。
この日差しから抜け出したい一心で自転車を漕ぎ続けた。
いつものスーパーに到着した。家から自転車で徒歩だと20分かかるだろうからと自転車を走らせて5分。どちらにせよ汗だくだっただろう。スーパーに入ると冷たい空気が汗にふれ、天国が訪れる。
最高。
ここでの買い物をすぐ済ませて家にある天国で読書を嗜むといたしましょう。
親から命じられた品は砂糖とキャベツ。入ってすぐにある野菜コーナーで一番大きなキャベツを取ると、俺は涼み楽しみながら、調味料コーナーへ向かう。
「コータ君?」
砂糖を買うことしか考えていない俺の後ろから声が聞こえる。
「あー佐藤さん。こんにちは」
佐藤さん。同じクラスの隣の席。下の名前は覚えていない。授業中に一度ノートを見せてもらったことがあるが、それだけだ。
「コータ君も買い物?」
「うん。ちょっと砂糖をね。それじゃ、」
「あ。うん、学校で。」
このまま、世間話に興じることもできただろうが、家に帰ることの方が優先である。こういう時には何か急ぎの用事があるように振る舞うに限る。みんなにとって俺はいつも何かに忙しい人として映っていることでろう。
念願の砂糖を手に取り、レジに向かう途中で再び佐藤さんが見える。今度は会釈で終わり。俺は急ぐように自転車へ向かう。
スーパーを出ると再び地獄がやってくる。一刻も早くここから抜け出さないといけない。自転車に乗り込んだ俺はすぐに自転車を走らせた。
自転車はできるだけ日陰を走らせよう。そうだ普段は通らないが、日陰が多いルートがあった。主に高架線の下を通るルートだ。右手に見える短いトンネルを潜って高架線へ向かおう。
自転車を走らせながら考える。
佐藤さんは学校でよく話すような仲が良い関係ではない。なのにスーパーでは話しかけてきた。わざわざ話しかけてきたということは伝えたいことがあったのだろうか。伝えたいことがあったとしたらなんだろう。
そんなことを考えるのが嫌だから俺は一人が好きなんだろうと思いながら、トンネルへ自転車を走らせる。
いつもよりトンネルは暗かった。
トンネルに入るとすぐに出口があるはずだ。そして高架線沿いから俺は帰宅し、涼む最高の夏休みが始まる。