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100年前の恋バナ  作者: コーノ・コーイチ
一生食べたい菜の花のみそ汁
7/22

二話 会ったことのない人とのお別れ

 訃報が届いた後、正午には病院へ行っていた皆さんが家に戻ってくると、そこからは嵐がきたかのような忙しさでした。

 高見家の奥様のご遺体がお昼過ぎにはお家に着くと、お通夜の準備に高見家の皆は追われます。

 高見家の近くにはセッちゃんを含め親戚が多く住んでおり、みんなで準備を手伝ってくれています。台所ではミエちゃんの叔母さんや、従姉妹のお姉さんたちが食事の用意を行っており、私はそこに加わりました。なんとも目の回るような忙しさでした。


 ミエちゃんは長女のヨシエさんと一緒に仏間の片付けに追われていました。

 夕方にはお坊さんが来るとのことで、襖を外したり座布団を運んだりしています。


 仏間にはご遺体がお布団の上でお眠りになっていました。その周りでヨシ子ちゃんとアキちゃんとサチちゃんは大粒の涙を流しています。ですがミエちゃんとヨシエさんの二人はお母さまや妹たちに目もくれずにせっせと動いています。


 小さな3姉妹を慰めてくれているのはセッちゃんで、泣いている3人の背中を優しくなでて面倒を見てくれいました。


 私はふと、トシさんの様子が気になり、何をしているのかと仕事の合間に目だけで彼の姿を探します。しかし、台所からでは彼の影さえ見つかりませんでした。


 トシさんを見つけたのは、食事の用意が一段落した後でした。

 私とヨシエさんでお供えの御膳に使う台や通夜振る舞いの食器を運ぶため、外の蔵へ出入りをしているところに玄関先で彼の姿を確認できました。

 トシさんは黒の紋付を羽織った長着姿で、弔問客の対応をしていました。

 多くの人から慰めの言葉や労いの言葉を受けているトシさんの顔はとても引き締まっておりました。落ち込むどころか逆に遠方からおこしの方や、お年寄りの方を気遣い、座敷に案内したり、お茶を用意したりしていました。


 なんとも……しっかりした対応でした。


 私のお母さんがもし亡くなったとして、数刻の後で斯様に振る舞えるものでしょうか?とてもできる気がしません。


 そうこうしている間にお通夜が始まり、お酒やお料理が振る舞われます。私はその料理やお酒を運ぶために行ったり来たりで目が回りそうでした。

 高見家の大人たちは皆にあいさつやお酒を注ぎに回り、ヨシエさんやミエちゃんは遠縁の親戚に囲まれ、お話をされていました。

 ヨシ子ちゃんとアキちゃんとサチちゃんはセッちゃんに連れられて寝間で眠っていました。泣き疲れていたのでしょう。大きな話し声がしても、寝間から出てくることはありませんでした。


 土地柄か、お通夜は祭りのように賑やかでした。悲しさを忘れるようなどんちゃん騒ぎは夜分も続き、私がお布団で横になる頃には丑三つ時でした。



 それから次の日。私は黒の喪服着物をヨシエさんからお借りしました。


 高見家のみなさんも黒一色でした。それを見て私は、ああ、今からお葬式なんだなぁ、と実感しました。

 色々なことが次々と起こり、目の回るような忙しさでしたので、実感がもてないというか、頭の整理が追い付いていなかったのです。

 でも、これから大事な式が執り行われます。しっかりと帯を締めないとです。


 午前中にお寺さんがお越しになり、葬儀と告別式が行われました。


 午後、奥様が眠る棺を担いでの野辺送り。


 高見家のような大きなお家だと野辺送りの葬列も大勢で、思わず私は「まるで大名行列みたい」と不謹慎ながら思ってしまいました。


 そんな上の空の私とは対照的に高見家の皆さまは周りの人からお悔やみの声を受けると、礼儀正しいお辞儀で返します。


 トシさんや、ミエちゃんもそうで、小さなヨシ子ちゃんとアキちゃんとサチちゃんも大人たちの作法を見よう見まねで、コクリと頭を下げます。


 そして、火葬場に着き、火葬が今、行われます。

 棺がゆっくりと大きな石造りの窯のような建物へと入っていきます。


 静まり返るなか、『ゴォー』と空気が揺れるような音が聞こえてきます。奥様が燃えている音です。


 全ての終わりを知らせる火葬場の煙突から出る黒い煙。私はその煙から天へと舞う灰をただじっと見つめていました。すると、灰とは行き違いに雪が降ってきました。


「雪や……」


 隣で肩を並べていたミエちゃんが言葉をもらします。

 そして、彼女はずっとこぼさずにいた涙を、今になってようやく流します。


「お母ちゃんの……好きな菜の花の道……一緒に歩けへんかったなぁ……」


 この言葉が堰を切ったのでしょう。高見家の皆が大粒の涙を流しはじめます。

 ずっと私の隣で台所を仕切っていたヨシエさん。弔問客に礼儀正しく対応していたトシさん。二人とも膝を着いて泣き崩れていました。

 旦那様である良一様も立ったまま口を一文字にして涙を流しています。

 ヨシ子ちゃんとアキちゃんとサチちゃんはセッちゃんに抱きしめられて顔をうずめていました。

 ミエちゃんはうつむき、声を殺して泣いています。私はそっと、その肩に手をあて、自分の胸に寄せました。


 その時、私は思いました。

 高見家に来てたったの3日ですが、ここでお世話になる間は力の限り皆の支えになりたいと。


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