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100年前の恋バナ  作者: コーノ・コーイチ
一生食べたい菜の花のみそ汁
19/22

四話 桃色吐息


 午後、晴天の下、田畑には新芽が顔をのぞかせています。


 それを横目にみどりが萌ゆるあぜ道の上を私と高見家の数人で歩きます。

 私はミエちゃんと横に並び、その後ろにセッチャンとヨシ子ちゃんが手を繋ぎ、後ろにヨシエさんがアキちゃんとサチちゃんを左右に手を繋ぎます。

 そして一番後ろをトシさんが歩きます。


 セッちゃんとサチちゃんが横にそれて、田んぼの水路をのぞこうとすると、後ろのトシさんから声がかかります。


「まっすぐ歩けよ、いつもとちゃう着物と下駄やねんから、転ぶぞ」


 言われ、セッちゃんとヨシ子ちゃんがしぶしぶ列に戻ります。

 それを見たミエちゃんが私に言います。


「うちの兄ちゃん、意外と家族思いやろ?」


 私はうなずきました。


「うん、知ってる」

「ふふっ、さよか」


 と、どこか含みのある笑い声を片耳に、反対の耳にはにぎやかな声が聞こえてきます。

 気付けば赤く大きな鳥居が見えていました。


 鳥居の先の道には美味しそうな食べ物の屋台やお面屋さんや風車屋さんや飾り屋さん、とにかくいっぱいのお店が左右に並んでいました。

 屋台の列は神社の大きな木製でできた門、八脚門にまで続いています。


 大正の頃は縁日だけではなく、節句の日とかでも屋台は出ていました。

 三月三日といえば桃の節句でして、桃の花の開花時期なのです。


 そしてここの神社は敷地内に桃や梅の木が多く植えてあり、花がとてもキレイなので、多くの見物客が訪れます。なので、稼ぎ時なのでしょうね。


 現代での開花時期とは少し遅れていますね。関西だと三月中頃ですが、昔はひな祭りの時期だったのです。


 桃の花の中を歩く人々は、頬が桃色に見えます。顔に桃色が映るほどの立派な桃の木々で、人々は白酒をめされたかのように頬を桃に染めていました。


 春が近付くのを感じてか、歩く人たちの足取りは軽やかです。


 それはもう、陽気なこと。


 久々のお祭りで私はとてもワクワクしてしまいます。

 桃の花を見ましょうか?それともお茶屋さん?さっき見た屋台も気になるし……あっ!お参りが先でしたね。


 まずはお参りをしましょうか、とみんなに聞こうと振り返るも、そこにみんなの姿はありませんでした。


 いえ、トシさんがいました。トシさんだけがいました。


「あの、みんなは?」

 私が聞くと、トシさんが、


「さあな、うまいもんでも探しに行ったんやろ」

 と、ぶっきらぼうに言います。


「そう…」

 私はつぶやくように言いました。だってそれ以外に続く言葉が出ないもの。


 突然に二人切りになり、あぜんとする私。


 トシさんはそんな私を見かねたのか、強く手を取ります。


「こんな所でボサッとすんな、人通りの迷惑やで!」

「えっ、あっ、すみませんっ!」


 気付けば境内に続く道への人の流れを私がせき止めていました。

 私はあわてて後ろに並ぶ人たちに頭を下げ、謝ります。


「ええから、ほらっ、行くで」


 トシさんに強く手を引かれ、私は体を傾けてその場から立ち去ります。

 そして、そのまま八脚門を通り、境内へと入ります。


「え、えと、どちらへ?」


 私が聞くとトシさんはまたもぶっきらぼうに言います。


「そらまずはお参りやろ、神さんにあいさつせな」

「それは……そうですよね」


 その通りです、お参りです、なのでお参りをしなきゃなのです。

 けど、手が、握られたままで……


「手、あの、もうだいじょうぶですから」

「人が多いねん、はぐれたらあかんやろ」


 そう言って握る力が強くなります。

 確かに、トシさんの言う通りなのですけど、あの、手に汗をかいていますし、こんな人前で手を握るだなんて恥ずかしくて……


 けど、トシさんは私の気持ちなんてお構いなしで、ドンドン前へ前へと進みます。

 そして拝殿に入り、おさいせん箱の前でようやく手が離れます。

 やっと手が離れてホッとしました。けど、その手にはぬくもりが名残惜しく、反対の手でふれてそのぬくもりを感じます。


「おさいせん、だしや」


 トシさんに言われ、あわてて懐に入れていたガマグチの財布を開いてお金を投げ入れ、縄を引いて鈴を鳴らします。


 私は願いと言う願いはないのですが、とりあえず手を合わせて目をつむり、『今年も健康でありますように』とお願いします。

 横目を薄く開けてトシさんを見ると、なにやら熱心にお願いをしていました。


 それからしばらくしてトシさんが顔を上げて「行こか」と言い、二人で拝殿を出ます。

 となりで黙って歩くトシさん。私はふと、どんなお願いをしたのか気になり、聞いてみましたが、

「家内安全、商売繁盛」

 と、定番のような返事でした。私も人のことは言えませんが……


 なんて、少ない会話をしつつ、私たち二人は屋台の並ぶ道を歩いていますが、さて、これからどうするのでしょうか?

 私はトシさんの後をついていくだけですが、こう、私はどうしたらいいのか分かりません。何を話したらいいか……逢引きだなんて、初めてですので。


 迷っているうちにトシさんが足を止めます。


 トシさんが「寄って行こか」と視線を向ける先、私もそちらを見ると飾りやクシや指輪などを売る装飾品の出店でした。


 お店ではふくよかな店員が来る客来る客にお勧めの装飾を紹介していました。その店員さんの姿はまるで七福神の恵比須様のようでした。


 こちらに気付いた恵比須様が言います。

「おう、トシ君。今日はキレイな女性と一緒だね」

「うん、ウチの奉公人や。ずいぶんと世話になっているんよ」

「はぁ~、こんなベッピンさんがねぇ」

「化粧しとるからな」


 聞いた私はムッとして、トシさんの背中をつねります。


「あいたッ!なにするねん」


 トシさんが驚き、恵比須様が笑います。


「あはは、芯の強そうな子じゃないか。この子みたいな奉公さんなら、ミエ子ちゃんが喜んだろう?」

「ああ、ミエ子がよう世話になっとるわ。コレ、この髪飾りが欲しいねん」

「おっ、お目が高いね」


 トシさんが選んだのは菜の花のつまみ細工の髪飾りでした。アーチ状に菜の花の束がフワッと広がり、まるで子供の頃に作った花輪のようです。


「いくらなん?」

「これは江戸から続く名工の摘まみ細工だからねぇ。高いよ?これくらい」


「うっ…財布やと足りひん…あとで高見ん家にツケで」

「あはは、その歳でツケだなんて、親父さんに似たもんだ。分かった、後でね」


「ありがとうございます。あとそのクシも下さい」

「ほう、それはそれは、おおきにな。がんばりや、大将!」


 恵比須様の声を背に、トシさんは立ち去ります。

 私はトシさんの後を追うようについていきます。


 少し歩いて、トシさんが振り返ります。

「ほら、ちょうど桃が満開でキレイや」


 トシさんが指差す方を見ると、たくさんの桃や梅の花が咲いた園庭でした。


「ほんとう。今年もキレイに咲いてる」


 本心から漏れた言葉。例年通りの満開に、今年も春が来たんだな、と思うとなんだか安心します。


「なんや、来たことあったんかいな」

 つまらなそうに言うトシさん。


「ええ、家族と何度か……お宮参りもここでしたから。けど、今年はなんだかいつもより桃色が濃い気がします」

「せやな。人通りも今の時間は少ないから、余計やろな」


 言われて気付きました、確かに見物人が少ないです。桃や梅がこんなにもたくさん咲いて、キレイで絢爛けんらんという言葉がピッタリなのに、園庭周りの人通りまでも少ないです。


「ちょうど、奉納舞台で狂言やっとるからな、客はみんなそっちに行っとる。今なら貸切りや」


 トシさんが言い、園庭へと入って行きます。私はその後を追いました。


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