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100年前の恋バナ  作者: コーノ・コーイチ
一生食べたい菜の花のみそ汁
17/22

四話 すこし白酒めされたか


 時間を大正時代に戻しますね。


 高見家の騒動が終わり、冬もあけて、3月3日。


 このひな祭りの日に、私にとって、運命の出来事が起こります。

 私ことアッコは高見家の客間に飾っているひな壇のお雛様を正座で座って見ていました。


「なんて立派なお雛様…」


 大きく、そしてきらびやかなお雛様を前にし、思わずため息を吐いてしまいます。

 左隣に座るミエちゃんが言いました。


「せやろ?京都の上物らしいで。800圓くらいしたんやと」

「800えん!?」


 右隣に座るセッちゃんが驚いて畳の上を転がります。

 800えんは今の時代だとだいたい30~35万円になります。

 私もその値段を聞いて驚きましたが、さすがにセッちゃんのように畳は転がれません。


 なぜなら私はキレイな着物を着ていたからです。


 ヨシエさんからお借りした、白の生地に淡い黄色花の刺繍をあしらった高価な着物を汚すワケにはいきません。

 セッちゃんも若草色の着物ですが、動きやすいように袴をはいていました。きっとセッちゃんが動き回るのを見越した親が履かせたのだろうと思います。


 ミエちゃんは柔らかな桃色の着物でした。

 着付けの時にヨシエさんが『三人並ぶとひし餅みたい』と笑っていました。


 そんな桃、白、緑の三人で並んでいると、着付けを終えたヨシ子ちゃんとアキちゃんとサチちゃんがトタトタと走ってきました。三人とも桜色がまぶしい小袖姿です。三人官女のようで可愛らしいですね。


「こら、走らない!」


 ヨシエさんがお小言を言いながら歩いてきました。

 ヨシエさんはまだ長着で、着物に着替えていませんでした。

 お昼ごはんの用意が終わっていませんので、それが終わってから着替えるとのことでした。

 私は申し訳なくヨシエさんに言います。


「あの、すみません。着付けや炊事までさせてしまって…」


 ヨシエさんは笑顔で言います。


「ええんよ~、アッコさん、いつもがんばってくれてるし、ひな祭りの日くらいはゆっくりしてね。今からちらし寿司も用意するから」


 ちらし寿司と聞いてヨシ子ちゃんとアキちゃんとサチちゃんが嬉しそうに飛び跳ねます。それに負けじとセッちゃんも飛んでいました。

 ヨシエさんに食事の用意までさせてしまって、せめて私は食器の用意だけでもと立ち上がろうとすると、廊下から声が聞こえます。


「あ、ヨシエ姉さん。アッコさんおる?」

「あ、トシ。うん、おるよ。ひな壇の前に」

「そうか」


 言ってトシさんが客間に入ってきます。

 トシさんは普段着の和服でした。そんな彼が私に向かって聞きます。


「アッコさん。飯のあと神社に行くやろ?」

「え?はい。ミエちゃんやみんなと行く予定になってますよ」


「そうやな。オレも行くけど、時間あったら一緒に歩こか」

「え?えと、はい」


「ほんじゃ」


 それだけ言ってトシさんは廊下へ出ていきました。

 私は頭の上に『?』が浮かんでいました。

 みんなで神社のお祭りに歩いて行くのに、一緒に歩くだなんてどういうことなのかな?


 それよりも私はヨシエさんのお手伝いをしなきゃと頭でいっぱいでした。

 奉公人として、食事のお仕事をするのは当たり前です。


「ヨシエさん、せめてちらし寿司の用意は手伝いますね」

「ちらし寿司どころやないでしょ!」


 ヨシエさんから怒られたかのように言われ、私は「ヒエッ」と小さく叫んで身をすくめました。

 ヨシエさんは剣幕するどい顔つきで、みんなに指差しで指示を飛ばします。


「ミエ子、化粧の用意!セッちゃんはカミソリとクシ持ってきて!ヨシ子はお水の用意!アキは手鏡持ってきて!サチは外で遊んでなさい!」

『はいっ!』


 号令と共に皆は散っていきます。


「えっ?えっ?」

 ワケがわからない私は、どうしたものかと戸惑っていました。そんな私の背中を『パンッ!』とヨシエさんが叩きます。


「何をボケっとしてるん?このイスに座って!アキ、鏡を持っといて」


 言われ、私は用意された椅子に座ります。すると、アキちゃんがこちらの顔を映すように鏡を向けてくれます。


 そんな私に後ろから声がかかります。

「ランランらんでぶ~やねぇ」

 それはセッチャンで、手に持つカミソリとクシをヨシエさんに渡しました。


 妙にハスっぱな物言いだったので、ヨシエさんは眉をひそめます。

「おきゃんな言い方はやめなさい」

 ヨシエさんが言って、私の真正面に立つと腰を曲げ、私の眉をカミソリで剃って形を整えてくれます。


 そしてまたも後ろから声がかかります。

「アッコちゃん、トシ兄は神社の桃園を一緒に歩きたいんやと思う。花の園庭を男女で歩く、その意味するところは?」

 化粧箱を持ってきたミエちゃんに言われ、私はトシさんの真意に気付きました。そして、顔を真っ赤にします。


「頬紅いらずやな」

 ミエちゃんがポツリと言います。


 それを聞いて余計に顔が熱くなるのを感じます。

 すると、ヨシ子ちゃんが桶に入った水を持ってきました。


 ちょうど顔を冷やしたかったので、その水に手ぬぐいをひたし、顔を洗います。

 剃った眉毛も一緒に落とし、ここからヨシエさんによる化粧が始まります。


 化粧をされている中で私は頭で色々と考えていました。

 いったい、トシさんと一緒に歩いて何を言われるのだろうか?


 らんでぶー?らんでぶーって……逢引き?

 そういう経験のない私にとって、どういうことなのか?どうしたらいいのか?想像しても想像しても分からないことだらけです。


 答えが見つからず、視線をさまよわせて外を見つめます。

 そこには黄色い蝶々を追いかけるサチちゃんがいました。


「やっぱ頬紅いらんのちゃう?」


 ミエちゃんの声が耳の中でぐわんぐわんと鐘の中にいるかのように響きます。


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