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短編のお部屋

形のない者

作者: スタジオ めぐみ

私はゆい。小学校5年生だ。

夏休みに交通事故にあって、入院した。

怪我は右足と右手と頭の打撲。

骨折はしていないが強い打撲で右側が全部痛い。

今まで感じたことのない強烈な痛みだ。

「時間が経つと痛みは弱くなるから大丈夫」と看護師さんが言っていたが、本当に痛みがなくなるか不安だ。

夏休みの記憶がない。

事故のショックと頭を強く打っているから記憶障害があってもおかしくないとお医者さんは言っていた。

少し気になるけど、夏休みの1ヶ月間の記憶がないだけなので、あまり気にしないことにしておこう。

明日はやっと家に帰れる。学校にも行ける。とても嬉しい。

入院して1ヶ月は長いような短いような、よくわからない。




私は形のないもの。

誰にも気付かれない。

誰にも見えていないようだ。

自分自身も自分を見ることができず、触れることができない。身体がない。透明で何もないのだ。空っぽなのだ。

私は、いったいなんなんだろう。

幽霊みたいなものなのか。

なんで意識だけはあるんだろうか。


そして、世界は広いはずなのに、私はこの家からは出られない。

出られないというと、自由に移動できるみたいに思われてしまうが、移動はできない。移動というか目で見る感覚が近い気がする。

この家の中しか見えない。

目を閉じて開けると、この家の中なのだ。

なんか見慣れた景色な気もするが、記憶がない。

お腹はすかない。生きているのか、死んでいるのか、わからない。


この家には大人2人と子どもが1人住んでいる。


お母さん、お父さん、女の子。

普通の生活をしている。

普通と思う感覚があるから、私はこの家にいたことがあったのだろうか。


ずっとこの先もただここにいるのだろうか。

わからないことばかり増えていく気がする。




時間が経って、わかったことが少しある。


お母さんの名前は、ゆめこ。

お父さんの名前は、いちろう。

女の子の名前は、ゆい。


家にはランドセルが2つ。

赤のランドセルとピンクのランドセルがある。

どちらも使い古されている感じがする。

なぜ2つあるんだろう。


私だったら、ランドセルは赤がいい。

ゆいちゃんは、赤のランドセルを背負って、お母さんに写真を撮ってもらっている。

また学校に行けると喜んでいる様子が微笑ましい。


「ピンクのランドセルは好きじゃないのかな?」とお母さんがゆいちゃんに聞いている。

「ゆいは赤がいい。赤もかわいいもん。」とゆいちゃんは言った。

ゆいちゃんは、かわいいものが大好きみたいだ。雰囲気もふんわりと優しそうだからピンクのランドセルも似合いそうだと思った。


家にゆいちゃんのお友達が遊びにきた。

「めいちゃん、体いたい?」

「めいちゃん、会いたかったよ」

ゆいちゃんのあだ名はめいちゃんなのか。

となりのトトロのぬいぐるみが部屋に置いてあった。なるほど、ゆいちゃんはトトロに出てくるめいちゃんに少し似てる気がする。


お友達とおやつを食べて楽しそう。

私もおやつ食べたいな。

私もあの中に入りたいな。

なんで、誰にも見えないし、気づかれないんだろう。

ずっとこのままじゃいやだ。


「大丈夫。ずっとじゃないから。もうすぐさよならだよ」

空から声のような、囁きのようなものが聞こえた。

私は何にさよならするんだろう。


その日の夜。

お母さんとお父さんは忙しそうだった。

ゆいちゃんは1人で寂しそうだ。


次の日、みんな黒い服を着ていた。

ナナナヌカとか言っていた。


「ゆいちゃんにさよならしようね」とお母さんが言っていた。


お坊さんが家に来た。

何かを唱え始めた時に、私の中の記憶がぐるぐると家の中を走り出した。


そして思い出したのだ。

私はゆい。めいの双子のお姉ちゃん。

夏休みに家族でキャンプに行った時に、交通事故にあった。

私とめいは事故にあって、めいは助かったのだ。

お母さん、お父さん、めい、私で住んでいた家がここだ。


私はヒーロー戦隊のリーダーが好きで赤色が大好きだった。

この家で過ごした思い出が家の片隅から燃えるように広がったと思ったら、すぐに灰のようなものがキラキラと溢れて、その後何かで薄まって消えていった。

何かマジックを見ているようだった。


「それでは逝きましょう。」

遠く遠くから声のような囁きが聞こえた。

私はどこか遠くに行くのだろうか。


「お母さん、お父さん、めいバイバイ」声は出ないが思いを伝えた。

そしたら、最期に「ずっとずっと大好き」とお母さんの声が聞こえた。


朝からお母さんとお父さんが言っていることがわからなかった。私には生まれてからずっと一緒だった双子のお姉ちゃんがいたらしい。夏休みの記憶の他も消えていたのか。もう何もわからない。頭が痛い気がする。気持ち悪い気がする。


お坊さんが何かを唱え始めた時、はっきりと思い出した。

私にはお姉ちゃんがいたんだ。本当に生まれてからずっと一緒だった。

私はお姉ちゃんになりたかった。

なんでもできる、頼れるお姉ちゃんに。

私はのろまだし、不器用だし、自慢できることがなかった。

双子なのに全然違うねって言われる度に、その言葉が私たちの何かを比べているようで嫌だった。


ゆい姉ちゃんはいつも私の上にいた。

双子なのに、何をするのも私より早かった。

お母さんもお父さんもゆい姉ちゃんの方が好きみたいだ。

私はいつも置いてきぼりでいやだった。のろまだから仕方がない。いつも私はゆい姉ちゃんになりたかった。

私はゆい姉ちゃんじゃなく、めい。

なんだか自分で自分がわからない。

泣いている私をお母さんも泣きながら抱きしめてくれた。

「大丈夫、めいは大丈夫。ゆいもめいもずっとずっと大好き」

その時、家の中にゆい姉ちゃんがいる気がした。

「バイバイ」と聞こえた気がする。

私は心の中で「バイバイ」と言った。


その日はたくさん泣いた。


あとで知ったことだが、人間あまりに大きいショックを受けると記憶ごと消してしまうらしい。消したい記憶もあるけど、ゆい姉ちゃんがいたことは覚えておきたい。


そして、私は赤いランドセルに行ってきますと声をかけ、ピンクのランドセルを背負って今日も学校へ行く。

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