96.お料理は仕込みが肝心
「うわぁ~! ログハウスだぁっ!」
おいしい伝統料理をいただいた後、私たちが向かった次のホテルは森の中にいくつか点在するログハウスの一つだった。
すでに日は傾き始めていて、辺りは薄暗い。
どこからか虫の音も聞こえる。
ログハウスの周りの木々にはたくさんの可愛らしいランプが吊り下げられていた。
そのどれもがカラフルなガラスランプで、赤土の地面をカラフルに彩っている。
「この辺りはキャンプ場としても使われているみたいです。周辺でバーベキューや川下り、この辺りの産業体験、遺跡探索なんかも出来るんだそうですよ」
「へぇ! 素敵! ベ・ゲタルって本当に自然と共存してるっていうか……自然を使って楽しむのが上手っていうか!」
シュテープはどちらかといえば平地が多くて、それもほとんど人が開拓しているような場所ばかりだ。
中には山や森もあるけれど、景観を楽しむ人が多い。
「川下りとかも楽しそうです! 明日から楽しみだなぁ!」
「遺跡もたくさん残っているようですから、色々と見てまわりましょう。まずは、荷物を下ろして夕食にしましょうか」
ネクターさんに促され、車から荷物を下ろす。
とは言っても、私もネクターさんもカバン一つだ。後は、途中で買った今日の夕食の材料だけ。私はアオのおうちを抱えたらおしまいだ。まさかこんな身軽な旅になるとは思いもしなかった。
ネクターさんがログハウスの鍵を差し込む。
ここもやっぱり機械式の鍵だ。オリビアさんのお家でも思ったけれど、ベ・ゲタルは、シュテープよりもシステム化が進んでいないみたい。
電車も走っていないし、地形的に電波塔を建てたりするのも大変なのだろう。
けれど、だからこそシュテープよりものんびりとした雰囲気があるのかもしれない。
不自由さを楽しむ余裕というか……。人とのつながりが、よりしっかりと感じられる。
思えば、オリビアさんと出会ったのも、町中で知らない人同士が踊っている輪の中に飛び込んだからだし。
そんなことを考えていると「お嬢さま?」と前方から声がかかる。
「中に入らないのですか?」
「あ、ごめんなさい! ちょっと考え事を!」
「考え事?」
「はい! ベ・ゲタルとシュテープの違いっていうか……貿易をする上で、色々とそういうのも気にした方がいいのかなって!」
シュテープでは当たり前に思えることも、ベ・ゲタルでは違う。
分かった気になっていたけれど、こうして実際に体験すると重みがある。
お母さま、お父さま……私、旅に出て勉強するって意味が改めて分かってきた気がします!
*
あたたかな木の色合いが、普通のホテルとはまた一味違う雰囲気になっている。
クレアさんの村で泊まった宿屋も木造建築で落ち着いた雰囲気だったけれど、そこともまた少し違って面白い。
「あ、屋根のところが全部ガラス張りになってる!」
昼間は、ここから日の光が直接差し込んでくるのだろう。今はもう日が沈み始めているから、一番星が輝いて見える。
「思っていたよりも、おしゃれな造りですね。昨日までのホテルもすごかったですが……正直、こちらの方が落ち着きます」
「スイートルームでしたもんね! あのホテルも素敵だったけど、確かに、このログハウスもすっごく素敵!」
やわらかな間接照明が観葉植物を照らす。
家具は全て木製だけど、ベ・ゲタルの派手な柄の絨毯や生地のクッションなどが色を加えていて、茶色が多いことも気にならない。
アオをおうちから出してやると、私たち同様、ログハウスを気に入ってくれたみたい。
さっそく木製テーブルの上をコロコロと転がっている。
夕食まではまだ時間がある、と思っていたけれど、どうやらそんなことはないらしい。
ネクターさんは荷物を下ろすと早速キッチンへと向かい、買ってきた食材を並べていく。
「もうご飯にするんですか?」
「いえ、仕込みですね。今日は、お昼にバナ・ゴレのレシピも教えてもらいましたし、肉だけは先に煮込んでおこうかと」
ネクターさんは、お昼のレストランで必死にとっていたメモを取り出した。
今回買ったのはエアレーだけど、どうやら、バナードと同じようなスパイスでお肉を仕込んでもおいしいらしい。
「エアレーは煮込めば煮込むほど、やわらかくなるそうなので」
ネクターさんはエアレーのお肉の塊をボウルへほうり込むと、レシピを見ながら、買ったばかりのスパイスを少しずつ加えていく。
きちんと軽量しながら材料を入れていく姿は、なんともネクターさんらしい。
「料理に慣れてる人って、てっきり適当にばらばらっと手で加えて、後で味を見る! 的な感じかと思ってました!」
私の言葉に、ネクターさんは苦笑いを浮かべる。
「そういう方もいらっしゃいますよ。僕も、作り慣れているものはそうしておりましたし。ただ、今回は初めてなので……」
なるほど。そういうものか。
「お嬢さま、後で少し味をみていただいてもいいですか?」
「もちろんです! っていうか、この間ドレッシングを作った時もそうでしたけど、ネクターさんが味見した方が良くないですか?」
「いえ。お嬢さまの好みの味に仕上げたいですから」
ネクターさんは再び困ったように眉を下げたまま。
この人、どれだけ自分に自信がないんだろう……。料理人なのに……。
それならいいですけど、と深く追求せずに承諾すれば、彼はようやく安堵の息を吐き出した。
ネクターさんは、ボウルの中でスパイスまみれになったエアレーにしっかりと塩をもみこんだかと思うと、ラップをぴったりと貼り付ける。
「それは?」
「スパイスの香りを閉じこめておくんです。今回は、一時間ほどしかつけておけませんから、空気中へ少しも風味を逃がさないようにしておきたくて」
どうやら準備はそれでおしまいみたい。
後は一時間後にスパイスに漬け込んだエアレーをこれまた一時間煮込んで、準備は完了だと言った。
それまでの一時間は、車内で盛り上がったカードゲームを再びすることになり――私たちは初めての森の中での夜を迎えた。