95.刺激的、伝統の味!(3)
「ついにメインですね!」
私はゴクンと唾を飲み込む。
ドンと目の前に置かれたまるまる一匹のバナード。スパイスに漬け込んだというバナードは油で揚げられていて、表面がキラキラと輝いている。
「お、おいしそうです……」
どこからともなく漂ってくるほんのりと甘さの混じるスパイシーな香り。油の香ばしさがそこに混じって、またおなかが急速にすいてきた。
「お嬢さま、カットは僕が……」
「私がやります!」
ネクターさんの気持ちは嬉しい。でも、せっかくなら自分でやってみたい!
「ナイフとフォークは、普段から使ってますし! ネクターさんのお手本を見ながらやりますから! それに、無理だったらちゃんとネクターさんにお願いします!」
だから、ね? と上目遣いで精いっぱいかわいくお願いしてみる。
ネクターさんは呆れたようにため息を一つ。
「そんなの、どこで覚えてきたんですか……。分かりました、では、一緒にやりましょう。まずは僕がやって見せますから、お嬢さまはそれを真似てください」
ネクターさんは、バナードの折りたたまれた足にナイフを入れる。
「やわらかいので、力を入れなくても切れますね。このもも肉の筋に沿って、素直にナイフを引いてください」
スルリ。刃は滑らかに線を引く。
「切った肉をフォークで外側に向けて……ここに、骨があるのが見えますか?」
広げられた断面を見れば、骨のようなものでまだ繋がっている。完全に切れたわけではないみたいだ。
「この関節部分をナイフで切り落とします。バナードは普通の鶏に比べても小さいですし、お嬢さまのお力でも問題ないかと」
ネクターさんは説明しながら、ストンとナイフを落として関節部分を断つ。
「逆側も同じようにすれば、もも肉の部分はこれで完成です」
「意外と簡単ですね! やってみます!」
ネクターさんが逆側のもも肉を切り落としていく。それに合わせて見様見真似でナイフを入れれば、私でも問題なくお肉がやわらかに切り落とされた。関節の部分だって、少し硬かったけれど、ネクターさんと交代するほどでもなかったし。
「次は手羽先ですね。今切ったもも肉の上に、羽が折りたたまれているようなところがあるでしょう?」
「あります!」
ぴこっとサイドについているのは、どうやらバナードの羽だった場所みたい。
こうして料理にされてしまうとなんだかその想像すら難しい。
「こちらも、筋にそってナイフを入れます。こちらは一度で落とせるかと」
「……ほんとだ! 結構簡単にとれちゃいました」
手羽先の付け根にある骨は細くて、お肉を切った時と同じ感覚だった。
「最後に胸の部分。この真ん中にナイフを入れて……フォークで左右に開いてください」
魚の開きのようにパカッとお肉を開くと、ネクターさんはその片側に再びナイフを滑らせた。ゴロリと胸肉の塊がとれる。
もちろん私も同じように解体していく。胸の部分はしっかりとお肉がつまっていて、切れ目からお肉をフォークで左右に開く作業は思ったよりも大変だった。
開いたお肉をナイフでカットすると、見慣れたチキンソテーと同じ形状になる。
「最後は、残ったお肉をフォークやナイフでそぎ落として完成です。とはいっても、バナードは大きくありませんし、無理にそぎ落とさなくても良いかと」
ネクターさんの言う通り、残ったお肉はほんのわずか。それでも、もったいないから、と私は最後まで丁寧に身をほぐした。
これでようやくメインにありつける!
食べるまでに作業が挟まれた分、余計に期待が高まる。
「それじゃあ、早速!」
骨がついたもも肉をそのまま手でつかむ。お屋敷でやったら、絶対にメイド長から怒られてしまうような行動だけど……骨付き肉はそのままかぶりついた方が、絶対においしいと思うのだ!
ネクターさんも特に咎めることはなかった。自らのもも肉を綺麗にナイフで切り分けるのに必死で、気づいていないだけかもしれない。気づいてても、きっとネクターさんは止めないだろうけど。
手が油でベタベタになるのもおかまいなしで、私はもも肉にかぶりつく。
「ん!」
ピリッとした刺激が舌の上を走ったかと思うと、パリパリの皮とムチムチのお肉の間から、じゅわぁっと濃厚な脂がしみ出した。
「んん~~~~‼ なにこれ! おいしいっ!」
バナードのお肉本来がもつ濃厚な甘みが、お肉にしみ込んだスパイスの辛みと合わさる。カラッと揚がったパリパリの皮も塩気があって、あふれだす肉汁がそれら全てを包み込む。
「もう、おいしすぎて言葉も出ません……」
参りました。私はバナ・ゴレに頭を下げる。ネクターさんはそんな私が面白かったようで、クツクツと笑う。
「残念です、いつもお嬢さまの食レポを楽しみにしているのですが」
「そうだったんですか⁉」
「えぇ。お嬢さまほどおいしそうに食事をされる方は珍しいですし」
まさか、ネクターさんが期待してくれていたとは知らなかった。ならば、期待に応えねばなるまい!
私は、もう一度もも肉にかじりついて――ほわぁぁ……おいしすぎて語彙力が溶ける……。って、そうじゃなかった!
「この皮のパリパリ感とお肉のむっちり感がたまらないです! しかも、皮はしっかりスパイスがきいてて辛味があるのに、お肉を噛めば噛むむほど肉汁とお肉の甘みが染み出て、マイルドになっていくというか……!」
全力の食レポをすれば、ネクターさんはパチパチと拍手する。
「は、恥ずかしいんですけど……」
言われてやるのがこんなにも大変だとは思わなかった。
「いえ、素晴らしいです。バナ・ゴレの魅力がしっかりと伝わりました。勉強になります」
何の勉強なんだ、と心の中でツッコミを入れつつ……以前、フリットーの蜜漬けを食べた時に、そういえば感想を伝えるのが苦手だと言っていたような、と思い出す。
ネクターさんはその後もちまちまとお肉をほぐしてアオにあげたり、黙々と噛みしめるようにして食べたり……とにかくゆっくりと味わっていた。
そう言えば、ネクターさんって、本当に静かに食べるな。普段から口数が多い方ではないけれど。
*
「はぁ! おいしかった!」
最後の一口を食べ終えて息をつく。
「良かったですね」
すでに食べ終えてお茶を飲んでいたネクターさんも優しく微笑む。
綺麗になくなったベ・ゲタルの伝統料理は、私たちの心に素敵な思い出を残してくれた。




