94.刺激的、伝統の味!(2)
早く食べたい!
その気持ちを押し殺してお祈りをすませ、アオをおうちから出す。アオももう私たちの家族だ。一緒にご飯を食べれるように私たちはアオのお皿にサラダのお野菜をのせる。
すでに食べられるとわかっているものばかりだから、アオも「ぴぇ、ぴぇ」と喜びの声を上げると、すぐさまのっそりと(多分、アオにとっては全速力で)移動を始めた。
私とネクターさんも互いに見合って、それぞれ、スープに手を伸ばす。
オレンにも似た色のスープことダールを持ち上げると、ゴロゴロとたくさんの豆が浮かんで見える。これが、さっき言っていたキマメなのだろう。
果実の香り、ニンニク、スパイスなど……。一瞬で香りが移り変わっていく。
「すごくいい匂い……!」
脳が、体が、ダールを欲している!
ほわっと上がる湯気を吸いこめば、それだけでおなかがまた鳴ってしまった。
覚悟せよ、フラン! ダールにそう挑まれている気がする!
「いきます!」
私がそっとダールを口へ運ぶ。瞬間――
ガツンと旨味が鼻を抜け、喉を通り、あたたかな液体が胃へと流れ込んでいく。
酸味と辛味が絶妙なハーモニーを生み出し、キマメのほっこりと優しい味わいがそれらを最後にやわらかに仕立て上げる。
複雑に織り込まれたいくつもの味が、口をつけた瞬間からおなかにおさまるまでのそのたった数秒間のうちにせめぎ合っていた。
お互いを殺さず、それでいて譲り合うこともない。大乱闘スパイスブラザーズとはこのことか!
「辛さは大丈夫ですか?」
「ちょうどいいです! 果実の爽やかな香りも、ピリッとしたスパイスも、キマメの優しい味も……どれも最高です……!」
うっとりと目を細めてしまうのも仕方がない。
お野菜を煮込んででた素朴な旨味と、ニンニクの直接的な旨味のバランスも絶妙!
スパイスもどう調合しているのか、それら素材の味を引き立てるかのような辛さだ。
「最高です! ベ・ゲタルの人は昔からこんなにおいしいスープを飲んでいたんですね!」
「辛味のある食べ物は体をあたためたり、食欲を増進させたりするんです。ベ・ゲタルは土地柄、力仕事も多いですし、こういったものを食べて精をつけていたのでしょう」
ネクターさんの解説を聞きながら、ベ・ゲタルのことももっと勉強しなくちゃ、と改めて思う。
ベ・ゲタルの文化も、歴史も、まだまだ知らないことだらけだ。
相変わらず新鮮でみずみずしいサラダを食べて、箸休めにトルティーヤをダールにくぐらせる。
トルティーヤの独特の食感や優しい甘みが、ダールの辛味とまた良く合う!
「んん~~~~! なんていうか、この、ピリッとした刺激がまた欲しくなっちゃって、手が止まらなくなっちゃいますね‼」
「サラダやトルティーヤで口がリセットされますから、余計にそう感じるのでしょう」
ネクターさんも言いながら、ダールを一口。
アオが「ぴぇ」と鳴いたので、私はアオのお皿にほんの少しだけダールを盛ってあげる。
私たちが食べているところをすでに見ていたからか、警戒することなく、アオもダールを吸い込んだ。
「ぴぇ!」
アオは体をくねらせる。最近わかったことだけど、アオは嬉しい時に体を左右にくねらせるダンスをする。まさに陽気なベ・ゲタルの人みたいな性格だ。
「アオも喜んでますね」
「良かったです! 本当にアオは、なんでも食べるね」
「ぴぇ!」
まだまだたくさんご飯はある。私たちも、アオに負けじと次の料理へ手を伸ばした。
次は、見たことも聞いたこともないお料理、フリタシオだ。
「豆を発酵させて固めたものだって言ってたけど……」
そもそも、豆を発酵させるってどういうことなんだろう? チーズみたいなものってことだよね?
白いキューブ状のフリタシオをお箸ですくいあげると、意外にもフリタシオはやわらかかった。形が崩れるほどではないけれど、お箸を揺らすたびにプルプルと震える。
「す、すごいです……!」
豆のほくほくした食感が、と言っていたけれど、この揺れ具合。ゼリーの食感の方が近いんじゃないだろうか。
「スープかサ・バルにつけて、とおっしゃっていましたが、まずはそのまま食べてみますか?」
「はい! どんな味がするのか気になりますし!」
私とネクターさんは、せーの、で口の中にフリタシオを放り込む。
フリタシオの舌触りは、予想に反してもったりとしていて、見た目よりも密度があった。
噛むほどに染み出る豆の優しい甘みと思った以上の歯ごたえだ。
確かにこれは豆のほくほく感を濃縮したような感じかも……。
まずいわけではないし、素朴な味わいがあっていいけれど、スープの後だとちょっと物足りない。
「いかがです?」
同じくフリタシオを一口食べ終えたネクターさんが私を窺う。
「うぅん……そのままでも食べられますけど、やっぱりダールとかサ・バルをつけた方が良さそうですね!」
私の答えに、ネクターさんは苦笑しながらも「なるほど」とうなずいた。
それから、ダールにくぐらせてフリタシオに再挑戦したら――ダールの辛味と酸味、豆の優しい味わいがフリタシオと良くマッチして、ダールがよりマイルドな味に変わった。
料理と料理が組み合わさって、また新しいお料理が誕生した感じだ!
驚いたのは、サ・バルを合わせたら、ダールにつけた時とはまた一味も二味も違うってこと。
ガツンとサ・バルの辛みが前面に出て来て、フリタシオの食べ応えも上がる。
思わず麦酒が欲しくなっちゃう! あのフリタシオが、おつまみ感覚の食べ物に大変身するなんて!
トマトペーストにたっぷりの油でいためた玉ねぎを加えて、トウガラシや塩、ニンニク、ライムで味をととのえた辛味調味料――サ・バル。まったく油断ならない。
玉ねぎのシャキシャキ感とフリタシオの食感の組み合わせは面白いし、そもそもサ・バル自体がとんでもなく旨味や辛味の濃い調味料で、トルティーヤが止まらない!
「んん~! 辛い! でも、おいしい!」
病みつきになるとはまさにこのこと! 辛さにひぃひぃと息を吐いても、トルティーヤで口をリセットしたら、またあの刺激が欲しくなる!
「ダールといい、サ・バルといい! ベ・ゲタルの伝統料理ってすっごく刺激的です!」
まるでベ・ゲタルそのものみたい!
知らず知らずのうち、私はネクターさんに思わずキラキラとした視線を投げてしまっていたようで、
「……お嬢さまが眩しいです」
ネクターさんは、冗談めいたように肩を揺らして笑った。




