92.歴史感じて、セルバ遺跡
次なる観光地、セルバ遺跡。
私たちがそこへ向かったのは、大雨の日から四日が経ってからのことだった。
大雨の影響で土砂崩れの危険があるとのことで、一時的に遺跡へと通じる道が封鎖されてしまったからだ。
乾期のベ・ゲタルらしいお天気が三日三晩続いて、ようやく今日、遺跡に向かうことが出来た。
ポォン、と車内にナビの音が鳴り響く。
『目的地まで後三十分です。目的地周辺の現在の天気は晴れ。気温は……』
「かなり近づいてきましたね」
「すっごく楽しみです! 遺跡みたいなところに行くのは、シュテープでお父さまたちと観光して以来だから……もう、何年も前のことだし」
セルバ遺跡までは車で三時間。往復すると実に六時間もかかる。
向こうで一泊して、翌日には別の場所へと移動するからあまり気にはならないけれど、私たちは三日間、この移動時間の楽しみ方を考えていた。
ちなみに今、私とネクターさんの手にはカードが握られている。
街に出てお買い物をした時に見つけたベ・ゲタルのゲームだ。同じ動物を三種類先に集めるか、違う種類の動物を五種類先に集めた方が勝ち。
シンプルだけど案外奥が深くて、結構盛り上がる。
「何千年経っても、ちゃんと形として残ってるなんてすごいですよね」
「今でも人が住めるくらいには綺麗に手入れされているんだそうですよ。昔は神殿としての機能もあったようですから、大切にされてきたんでしょう……っと、お嬢さま、エアレーを集めてますね?」
「あつ……めてません! シュテープにあった遺跡も、そういえば、神殿みたいな感じだったかもしれないです」
会話をしながら、互いに山札からカードを引いては捨てていく。ネクターさんは時々、会話の中に自然と駆け引きを持ち込んでくるから危ないことこの上ない。
ずっとこのゲームで遊んでいたら、貿易も上手になれそうな気がする。
「今でこそ、宗教の自由が保障されておりますが、ベ・ゲタルは昔、宗教戦争があったと聞きます」
「それじゃあ、セルバ遺跡もその名残?」
「えぇ。一度は戦争で破壊されそうになったんだとか。自然災害もありますし、何度も修復されているそうです」
「へぇ……。今でも住めるくらい綺麗だなんて、ますます行くのが楽しみ……あ!」
そろいました、と私は手札をネクターさんの方へひっくり返す。
「参りました」
ネクターさんも手札を広げる。どうやら彼もエアレーを集めていたらしい。
「さ、そろそろ着きますし、降りる準備をしましょうか。また急な雨が来てはいけませんから、おカバンの中に傘を入れておいてくださいね」
「はい!」
カードを片付けて、私たちはカバンの中身を整える。ちょうどナビからも『まもなく到着します』と声がする。
遺跡へと向かって木々の間を進んでいた車は次第に速度を落とした。
*
遺跡まで歩いて三十分ほどのところにある駐車場に車を停めて、私たちは体を伸ばす。
おうちの中でぐっすりお昼寝していたアオも、にょきにょきと体を伸ばしているようだった。
「なんだか、空気が澄んでる感じがします!」
人里離れた森の中、聞こえてくるのはバナードの鳴き声や枝葉のこすれる音、近くに流れる川の音だけだ。
「本当ですね。静かですし、気持ちが落ち着きます」
「木陰もあるし、あんまり暑くなくて気持ちいいですね!」
「この辺りの木はどれも立派ですよね。遺跡が建てられたころから、この辺りはずっとこのままの姿だったのでしょう」
おうちのフタを開けてアオにも外の景色を見せてあげる。
「ぴぇ」
小さく鳴いたアオは、木漏れ日を受けて気持ちよさそうにコロリと一回転。
葉の隙間からチラチラと降り注ぐ陽光が、足元に自然の模様を作り出す。影と光のコントラストが遺跡へと続く赤土の道を彩っている。
木々の根が所々に顔をのぞかせていて、まさに自然のままだ。
「足元に気を付けてくださいね」
木の根をジャンプして超えたら、先を行くネクターさんに例のごとく心配された。
もう国立公園の時のような失敗はしないもん! あれは心臓に悪い。今はアオもいるし。
とはいえ、木の根があらゆる場所に横たわっている舗装されていない道は危険だ。
フラグ回収してしまわないよう、私はいつもより少し慎重に歩く。
「あ!」
しばらくすると、大きな石柱が二本目の前に現れて、私の緊張もそこでほどけた。
「セルバ遺跡、到着です!」
動物や植物が複雑に絡み合うような模様の石柱。その間から見えるセルバ遺跡は、立派……というよりも、なんだか個性的な形をしていて、それがまた独特な雰囲気や歴史を感じさせる。
まるで大きな石をくり抜いて作ったかのようなセルバ遺跡は、巻貝みたいな構造になっているらしい。入り口から奥が見えなくて、螺旋のように上へと続いている。
どうやってこんなものを作ったのか、現代の技術でも難しいとのことで、それが余計にオカルトちっくな噂をたくさん呼び寄せているのだそうだ。
周囲は森。そんな中に、突如現れた人工物。その違和感が神聖さをより際立たせている気もする。
「なんだか、ここにいると不思議な気持ちになりますね」
「特に、この遺跡は異質ですからね。シュテープではまず見られない形状ですし。自然と共存していく、というのはベ・ゲタルらしさですね」
写真を撮ったり、周りを観察してみたり、アオと一緒にセルバ遺跡の中で反響する声を楽しんだり……。
きゅう、とお腹が時間の経過をお知らせしてくれるまで、私たちは遺跡を満喫した。
「そろそろ……レストランに、行きましょうか。クッ……予約の時間も、近いですし」
おなかの音に、ネクターさんが笑みをかみ殺す。相変わらず肩が震えていて、全然ごまかせていないけれど。
ベ・ゲタルの神様が、まだこの遺跡にいるのかは分からないけれど、私とネクターさん、それからアオの二人と一匹で挨拶をする。
「これからも、私たちの旅が良いものになるよう、見守っていてください!」
しっかりとお願いすると、サワサワと枝葉が揺れた。
「さ! ご飯に行きましょう! 郷土料理、なんですよね?」
「えぇ。ベ・ゲタルでも昔から食べられている伝統的なお食事がいただけるんだそうですよ」
ベ・ゲタルの伝統の味!
期待に胸を弾ませながら、私たちは遺跡を後にした。




