90.テオブロマ・ミーツ・ザ・ビート(2)
お互いのご先祖さまが映った写真をオーナーさんにお返しすると
「それにしでも、どうしてまた急にこちらへ?」
オーナーさんは思い出したように話を変えた。
オーナーさんも驚くな、という方が難しい。私たちも、まさかこんなに深い仲だったとは知らず、オリビアさんに紹介されたから来ただけだ。
「すみません、いきなり。実は全然知らなくって……。私、今、武者修行中なんです」
テオブロマの名に泥を塗らぬよう、出来る限り丁寧に答えて頭を下げる。
だが、オーナーさんは私の無礼よりも気になることがあったらしい。
「むしゃしゅぎょう……?」
あ、オーナーさん。意味がわからなすぎて、うまく言葉を飲み込めてないみたい。
数瞬固まったかと思うと「武者修行、ですか?」そう繰り返した。
「私、先日、十八才のお誕生日を迎えて成人になったんです! それで、貿易業を今後継いでいくにあたり色々な国を回って見識を広げてこい、と両親から言われて」
お屋敷を放り出されたとは言えず、言葉を慎重に選ぶ。
隣を窺うと、ネクターさんも曖昧に微笑んでうなずいた。どうやらこれで良いみたい。
「それで、ベ・ゲタルに。オリビアさんからこちらのお話を聞いて伺ったんです」
「ほっほ! なるほど。いやいや、わしぁ、えろううれしが、ありがたい限りです! 昔ば、お嬢さんのお父さまも時々来てくださっていたんですが、何分お忙しい方だモンで」
「お父さまがこちらに?」
「仕入ればある時はわざわざ寄っでくださるんがや。お嬢さま、ガーデナーのエンテイさまはご存じで?」
「エンテイおじいちゃん! 知ってます!」
「エンテイさまとわしば古くがらの知り合いで、お父さまに紹介しだんば、わしなんです。そんなご縁もあっで、今でも仲良うしでいただいとるんです」
まさか、そこにもつながりが!
エンテイおじいちゃんは、シュテープでもかなり植物のことには詳しい人だけど、ビットンのことも知っていたのか。
「んだば、時間がある時なんかは三人で酒を飲んだり……。まさが、娘さんがこうしで尋ねて来てくださるば思わんがっだです。偶然とは言え、さすがテオブロマ。血ば争えんとはこのことですか」
オーナーさんは楽しそうに目を細める。おそらく、オーナーさんの年齢なら、お父さまのお父さま……もう亡くなってしまったおじいさまとも知り合いだっただろう。
改めてテオブロマって大きな企業だったんだと思い知る。
執事長にお土産を買って行ってあげようと思っていたけど、エンテイおじいちゃんやお父さまもきっと喜ぶに違いない。
「あの!」
私がビットンを売ってくれ、とお願いすると、オーナーさんは快くうなずいた。
加えて、建物の中を案内しよう、と言ってくださった。
*
同じ建物の中で、ビットンの選別、乾燥、焙煎、梱包から出荷までの全てを行っているらしい。建物の煙突から上がっていた煙は焙煎の時のものだそうだ。
大きな機械がいくつも並んでいる光景は、シュテープ一のパン工場、パニストを思い出させる。
ぐるっと回った最後に小さな直売所があった。
訳あり品だけが並んでいるらしい。といっても、品質が悪いわけではない。むしろ、外側の包装がうまくいっていないものがほとんどなのだそうだ。
オーナーさんは「テオブロマにそんな訳あり品は売れない」と首を振ったが、私からすれば、きっとこういうものの方がお父さまたちは喜ぶ。
テオブロマの人間なら、ちょっと手に入りにくい『珍しいもの』に心を惹かれるのだ。
味が変わらないのならなおさら。
「これ! これが良いです!」
包装の印刷に失敗したのか、少しだけ顔がブサイクに歪んでいるウサギさんの袋。それこそまさに、私が応接室でいただいたビートと同じ種類のビットンらしい。
ブサイクなウサギさんの顔は、味があってかわいいし。
「どうしてウサギのイラストなんですか?」
「この最高級ビットンば、バニビットってウサギからしか採れんモンだば、バニビットの絵を描いとるがや」
「バニビット! フルーツサラダにして食べました! 甘くておいしかったです!」
「ほぉ! それば良がねぇ。バニビットばバニラビーンズを好んで食べるウサギがや。んだども、ビットンも食いよるモンで、消化できずに出てきだビットンば、バニラの香りが移っでえぐみや渋みが抜げるんです」
「え! じゃあ、もしかして特別なビットンって言うのは、育て方じゃなくて……」
「バニビットのフンの中ば残っだビットンのことがや」
私が「ほぇぇ!」と驚きの声をあげると、オーナーさんは声をあげて笑い、ネクターさんは「すみません!」と頭を下げた。どうやらネクターさんは、知っていてあえて言わなかったようだ。
まさか、おいしいビットンがそんな風に出来ているなんて思いもしなかったから驚いたけど、おいしさを知っている以上は「やっぱりやめます」とも言えない。
きちんと洗浄して、消毒までしているってオーナーさんも教えてくれた。
執事長とエンテイおじいちゃん、それからお父さまの分を購入して、カバンへとしまう。
ちょうどお土産も買って満足したところで、モカさんとコナさんが「フラン!」と奥から駆けてきた。
「二人ば採ってくれだビットンば、後で送るモンで、帰る前に二人の連絡先を聞いとがんとあがんと思っで!」
「あ! そうでした!」
二人に預けたままになっていたビットンの麻袋。どうやらそれも加工して送ってくださるらしい。
私が渡された紙に連絡先を書くと、モカさんたちも満足げにうなずいた。
*
「わしらは、いつでもテオブロマの皆さんをお待ちしでおります。こんな辺鄙なところだば、ご足労ばおがげするモンで申し訳ねえども。勝手に、家族みたいなモンと思っでおるだば、また遊びに来てほしいモン」
建物を出たところで、オーナーさんがにっこりと笑って手を差し出した。
私とネクターさんはそれぞれオーナーさんと握手を交わす。
家族。うん、いい響きだ。
きっと、お父さまたちもオーナーさんの言葉を聞いたら喜ぶだろう。
「また来でね!」
「セージワームコンテストば出るモンで、また会おうモン!」
モカさんたちのお別れの言葉に、私たちも最後まで手を振り返す。
オレン色のつなぎを着たみんなが集まって、緑一面のビットン農園が一気に華やいだ気がする。
こうして、私とネクターさんは、想像以上の収穫に心もお腹も満たされたのだった。