87.薫る風、ビットン農園(2)
「二人ば、どこから来だの?」
「シュテープです!」
「良がねぇ! あだす達もシュテープば行っでみだが!」
「っていうが、二人ばどんな関係⁉ 恋人⁉ 家族⁉」
「え、と……仕事仲間? でしょうか」
「仕事仲間ぁ⁉」
「こんなイゲメンと一緒ばここまで来で、お仕事だばありえんモン!」
「っていうが、お兄さんもお兄さんよ⁉ こんなめんこい子ばつかまえて!」
「お、お二人とも……落ち着いて……」
二人の勢いはすさまじい。とどまるところを知らない言葉の数々に、私とネクターさんは苦笑する。特に、ネクターさんはイケメンと褒められた直後に、なぜか少し怒られたから余計に困惑気味だ。
「っていうか、名前ば聞いでながっだね! えっと、二人は……」
先ほどの話題はどこへやら。数秒も立たないうちに、こうして別の話題が飛び出す。
こちらを見る二人の名前も、実はまだ聞いていない。
「ネクター・アンブロシアです、よろしくお願いします」
「フラン・テオブロマです! それから、この子はセージワームのアオです」
「ぴぇ!」
「めんこ~い! 二人ばセージワーム飼っでるの⁉」
「もしかして、コンテストば出るの⁉ またそこで会えるモン!」
キャイキャイと二人に褒められたアオは、嬉しそうに「ぴぇっ、ぴぇっ」と鳴き声をあげて体をくねらせた。
めんこいって、かわいいって意味だと思うんだけど……ベ・ゲタル生まれだから、アオも意味がわかっているのかな。
「それで、お二人は……」
二人の名前を聞こうとしたところで、車がキキッとブレーキ音を立てた。ガクン、と揺れたかと思うと、車が止まる。
「着いだよ!」
「オーナーのところば案内したげるモン! 着いてきて!」
どこまでも自由奔放。二人は慣れた様子で車を降りると、私たちが座っていた後部座席の扉を開けて、手を差し出してくれる。
「足元、気を付けてね!」
「あだす、先にオーナーば呼んでぐるだば、ここで待っどっで!」
役割分担が明確になっているらしい。どこか慌ただしい、というか、スピーディーな雰囲気を感じる二人だけど、それがどうやら彼女たちの日常らしい。
こんなに広いビットン農園でお仕事をしているんだもん。のんびりはしていられないのかも。
しばらくすると、建物の奥からガヤガヤとにぎやかな声が聞こえてきて、先ほどのお姉さんと一緒にたくさんの人たちがこちらへ顔を出す。
まさか、従業員の人たちみんな大集合しちゃったんじゃないだろうか。オーナーさんが誰かも分からない。
「お待たせ!」
「みんなで来だの⁉ やば! みんな仕事しでよ~!」
驚いたのは私たちだけじゃなかったみたい。隣にいたお姉さんもあきれたように笑う。
「オーナー、こっち!」
どうやらオーナーさんは一番遅れてやってきたようで、たくさんのオレン色のつなぎの人たちの奥から、気の良さそうなおじいさんがひょこりと顔を出した。
「そう急がざんでぇ! わしぁおまんらと違ええ、そんなには動けんモン」
「何言っでんの! まだまだ元気がや!」
私と同じくらいの背丈のおじいさんは、私たちの姿を見つけると「うぉっほん」と咳ばらいを一つ。
「えらあ遠ぐがら、来でくださっだねぇ。オリビアがら話ば聞いどるよ」
穏やかに目を細める姿が、ちょっとだけエンテイおじいちゃんに似ている。そんな風に私がオーナーさんを見つめていると、オーナーさんもまた、私をじっと見つめた。
「……しで、時にお嬢さん。わしぁ、あんだとどっかで会うたことばあるような気が……」
「何言っどるがや! オーナー、さすがにそれはセクハラだモン!」
オーナーの背中をバシリとたたくお姉さん。とてもオーナーに対する態度とは思えないが、どうやらそれがここの農園では当たり前らしい。周りにいるみんなは止めもせず、「ほんまにねぇ」「ついにボケやっだよ」と口々にオーナーのセクハラ発言を咎めた。
「えぇっと……多分、お会いしたことはないかと思いますが」
私がベ・ゲタルに来たのは初めてのことだ。もちろん、オーナーさんがシュテープに来ていて、ということならわかるのだけれど、それでも顔を見たことはないと思う。
「お嬢さま、もしかして……」
戸惑う私に、ネクターさんがそっと口元に手を当てる。
「旦那さまの貿易相手なのでは?」
「あ、確かに!」
いまだみんなからいじられているオーナーさんに「もしかして」と私が声をかけると、全員の目が一斉にこちらへ。
そんなに見られたら緊張しちゃう。
私は息を整えて、オーナーさんに切り出した。
「シュテープの、テオブロマと貿易をしていらっしゃったりしないでしょうか?」
オーナーは一瞬不思議そうな顔をしたかと思うと
「あぁぁぁ! 思い出しだ! お嬢さん、テオブロマの‼」
大きな声を上げ、それはもうお年寄りとは思えないスピードで私のもとへと駆け寄り、ぶんぶんと両手を握りしめる。
「これはこれは! ほんに遠ぐがら、よういらっしゃっで! いつもお世話になっでおります!」
ペコペコと頭を下げるオーナーさんに、従業員のみんなはポカンと口を開けていた。
もちろん私も、「父と母がお世話になっております」と頭を下げる他ない。
オーナーさんはひとしきり頭を下げると、何かに気付いたかのように今度はハッと顔を上げる。すさまじいスピードで振り返ると
「こらぁ‼ おまんら、何をボサッとしでおるんがや! すぐに応接室を準備しで! 一番良いビートをご用意しで! ほら、すぐに!」
それはもうすごい声量でみんなを一喝した。
それを受けたみんなはまるで弾かれたようにピシリと姿勢を正す。
オーナーさんと私たち、私たちを建物まで案内してくれた二人のお姉さんの五人を残して、全員がバタバタと慌ただしく動き出した。
「え、えっと……?」
そのスピードに追い付けていない私たちに、オーナーさんが柔和な笑みを向ける。
「今すぐ準備させまずだば、先に農園ば見て行っでくだされ! そこの二人が案内するモンで。ビットンしがねぇ場所ですが、最大限のおもてなしばさせでいただきます!」
お姉さんたちは顔を見合わせて互いに肩をすくめると、再び車の扉を開けた。
「ま、オーナーもこう言っどるんだば、先に案内したげるモン」
こうして私たちは促されるまま、先ほど降りたばかりの真っ赤な車に乗り込むのだった。




