84.同じお釜の飯を食う?(2)
「食べ、ました……よね?」
いまだお皿の上で体をくねらせているアオに、ネクターさんがキラキラと目を輝かせた。
それこそ、ほんの少しの量だから食べたかどうかの判定は怪しいくらいだけど……私の目には、サラダがなくなっているように見える。
「ネクターさん! しかも、喜んでるように見えますよ! やっぱり、初めて見るものだったんじゃないですか? 私たちが食べたら、アオも食べてくれるかも!」
ネクターさんはアオの動きを見つめる。
その目は、観察しているというよりも、完全にかわいい我が子を見守っているときの目だ。
「お嬢さまのおっしゃる通りかもしれません。アオは随分と賢い子のようですし、初めて見る食べ物には警戒し、人が食べているものなら食べられる、と判断しているのかも……」
「試しにピザも食べてみましょうよ!」
「えぇ。では、お嬢さま」
どうぞ、と差し出されたお野菜たっぷりのピザは、ネクターさんの手によって美しく等分されている。
さすがは元料理長! カットもお上手です!
トウモロコシの粉で作られているらしいピザは、シュテープのものよりパリッとしていて薄い。赤や黄色、緑などたくさんのお野菜で彩られたピザから、ふわりとチーズの香りがする。
うん、おいしそう!
ネクターさんもピザを手にして、二人でせーので口に入れる。
シャキッ! カリッ! とろぉ……!
お野菜の食感とピザの生地の食感、その二つを優しくまとめるチーズのなめらかさ!
ほのかな塩味とスパイシーなチリトマトの辛みが、素朴ながらに良い味をかもし出している。
「おいしいです! 生地が香ばしくて、チーズとお野菜に合う~! しかも、薄くて食べやすいし、チリトがちょっと辛いのも結構決めてになってるっていうか……!」
お野菜たっぷりでピザ特有の罪悪感が薄れるのもいい!
「ベ・ゲタルではチーズは比較的高級品だと聞きましたが……こうして生地を薄くすることで、少しの量でもチーズの存在感を出しているんですね」
「へぇ……! そんな工夫がされてるんですね! 気づかなかったです!」
確かにシュテープではもっともっちりした生地に、たっぷりのチーズが定番だ。それももちろんおいしいのだけれど、実はすごくお腹にたまるし、たくさんは食べられない。
その点、この薄い生地に少しのチーズは、中々にいいバランスだ。
お野菜ピザを堪能していると、ネクターさんが「やはり」と呟いた。
「アオは賢い子のようですね」
見れば、今度はピザへ向かって突進……というには少し遅すぎる気もしないけれど、まっすぐに向かっていくアオの姿が。
懸命に体を引きずってピザにアタックするアオに、ちょっとだけ親近感が沸く。
きっとすごくお腹がすいていて、もうこれ以上は動けない! って状況になったとしても、私は目の前にお料理があったら這ってでも向かうだろう。というか、体が無意識に動くに違いない。
アオからも同じパッションを感じる。食への欲望は誰にも止められないのだ!
オリビアさんは、セージワームは個体によって好き嫌いがあると言っていたけれど、アオはなんでも食べる個体なのかもしれない。
食べるのが好きなところも、私によく似ている。
アオはピザのかけらへとたどり着くと、やっぱりずるずるとそれを体内へ吸い込んだ。
多分、ちゃんと食べているんだろうけど、口も小さくて見えないから、お料理が吸い込まれているように見える。
「ぴぇーっ!」
鳴き声とともに始まるのは、恒例のアオダンス。
くねくねと左右に体を振るこの動きは、かなり喜んでいるように見えるけど……どんな意味があるんだろう。後で図鑑を見てみよう。
「食べたってことは、嫌じゃなかったってことですよね?」
「えぇ、おそらくですが。他のものも、食べ進めてみましょうか」
バニニサンドを食べ、野菜スープを飲み、フルーツをつまむ。
そのたびにアオはお皿の上にのったそれらを私たちと同じ順番に食べ進めた。
しかも、だ。
アオは「記憶する」という能力もきちんと持っているらしい。一度食べたものなら食べるし、見たことのないものは食べない。
同じサラダでも、最初に食べたキャベツはすんなり食べたのに、ニンジンはまた警戒を見せた。私たちがニンジンを食べると、アオもしっかりニンジンを食べる。その後は、再びニンジンをお皿にのせても警戒しない。
「やっぱり……すっごく賢いかも!」
実はエリートだったの?
お皿の上でくねくねとダンスをするアオはとてもそんな風には見えないのに!
色々と試しているうちに、いつの間にかお皿からお料理が消えた。
なんだかんだで私たちもアオもかなりの量を食べた気がする。
フーズマートでお料理を選んでいた時は、買い過ぎたなんて話をしていたくらいなのに。
「た、食べましたぁ~!」
「本当に。僕も食べ過ぎてしまいました。お嬢さまと旅に出てから、ずいぶんと食べる量が増えた気がします」
ネクターさんが太ったようには見えないけれど、彼は何かを気にするようにおなか周りをさする。
かくいう私もまずい気がする。ベ・ゲタルのお洋服は特にだぼんとした形のものが多いし、気を付けないと……。
体形を気にする私たちをしり目に、あからさまに食事前よりも丸くなったアオがお皿の上でごろりと転がった。
もはや体をくねらせることも出来ないのか、むにむにの体をわずかに振動させている。
「しかし、お嬢さまもこれで、アオと同じ釜の飯を食べた仲ですね」
「同じ釜の飯?」
「えぇ。一緒に過ごすもの同士が、同じものを口にすることで連帯感がうまれる、ということです」
「つまり、私とアオはこれで仲良しになれたってことですか?」
「そうですね。もとより、お嬢さまがアオを怖がらなくなった時点で、ずいぶんと仲は深まっていたんでしょうけど……。すっかり心が通じるようになったんじゃないでしょうか」
「ぴぇ」
一匹、どこ吹く風のアオは満足げな声を漏らす。
「……確かに、今、おいしかったって言ったように聞こえました!」
私の気のせいかもしれないけど、なんとなく、アオとは似ている部分もある気がするのだ。これも、同じ釜の飯効果なのかな?
すっかりアオへの苦手意識がなくなった私は、コロコロとお皿の上で気持ち良さげにしているアオをそっと指でつついて
「これからよろしくね」
ともう一度、挨拶を交わした。




