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82.苦手なものも良く知れば

 セージワームは比較的簡単に育てられる。オリビアさんはそう教えてくれたけれど、大切な命だ。ちゃんとセージワームのことを知って、丁寧に育てたい。

 アオを旅の仲間にした私とネクターさんの意見が完全に一致した。


 そんなわけで、国立公園を後にした私たちはお洋服を買った街へと向かうことに。

 オリビアさんに教えてもらった大きめの本屋さんで、セージワームの買い方がのっている本を買おうと決めたのだ。


 別に、調べようと思えばネットでいくらでも調べることは出来るのだけど……セージワームの育て方に決まった正解がないからか、あまりにも情報が多すぎて、私たちでは何が良いのか分からなかった。


 その点、本ならそのあたりもまとまっているし、間違った情報は載っていないはず。

 荷物はいくら増えたってお父さまの魔法のバッグのおかげで困らないし!


 車は森を抜け、高速道路へ合流する。

 ネクターさんが箱からそっとアオを持ち上げて

「ほら、アオ。これが高速道路ですよ」

 と話しかける。


 貴重な彼の姿を内緒で録画しようとカードを取り出すと

「ほら、アオ。こちらがフランお嬢さまです」

 とタイミングよくこちらに視線が送られた。


 ネクターさんとばっちり目が合ったかと思うと……

「お、おお、お嬢さま⁉」

 まさか録画されているとは思っていなかったらしいネクターさんは動揺を見せた。声も裏返っていたし、顔も真っ赤だ。


「あはは、すみません! ネクターさんって面倒見が良いというか……その、優しいですよね。本当に」

「いいい、今のは! 見なかったことに! というか! ほら、アオもびっくりしてしまいますし!」


 よほど恥ずかしかったのだろう。

 アオをそっと箱に戻したネクターさんはわたわたと両手を振る。

「忘れてください!」


 慌てふためくネクターさんのお願いを無視するわけにもいかない。

 動画を止めて、自らの記憶からは抹消する。動画は……クレアさんに送ってあげよう。


「アオってずっと国立公園の中で育ったんですかね?」

「……い、いえ。どうでしょう。ただ、そうだとしたらあまり人工的なものは見たことがないかな、と思いまして……その……」


 しどろもどろに言い訳をつむぐネクターさんは、どうやらアオに新しい景色を見せてあげたかったみたい。

 本当に良い人だ。私が旅を続けてこれたのも、ネクターさんのおかげだな……。


 しみじみとうなずくと、ネクターさんは消え入りそうな声で

「本当に、その……他意はありませんから……」

 と顔をそむけた。


「分かってます! ネクターさんが良い人なのも知ってますし! 私も、箱、持ってみてもいいですか?」

「お嬢さま、大丈夫なんですか? 本当にご無理はなさらず……」


「いえ! 私も、少しでも早くアオに慣れたいですし! それに、高速を降りたらまた街が出てくるから、アオに見せてあげたいです!」

「……お嬢さま!」


 嬉しさ半分、恥ずかしさ半分。そんな複雑そうな顔を浮かべたネクターさんは、アオが入った箱……いや、アオのおうちを私の方へと差し出した。

 思わず受け取るのをためらってしまいそうになる手をぐっとこらえて、おうちを受け取る。


 さすがに直接触るのはまだ無理……。だけど……。

 私はふたをそっと開けて、箱を軽く傾けた。アオが外の景色を見られるように。


 速いスピードで、けれどゆるやかに流れていくベ・ゲタルの鮮やかな景色。

 窓に反射して、アオがのたりと体を持ち上げているのが見える。

 外の景色を見ているのか、なんにも考えていないのか……顔というものが見えないからまったく分からないけれど、反応は示しているようだ。


「アオ。もうすぐ、街に着くよ」

 ネクターさんの真似をして話しかけると、「ぴぇ」と小さな声が聞こえた。



 *



 カラフルな街の本屋さんはやっぱりカラフルだった。

 並んでいる本の数々も、シュテープとは違って鮮やかな装丁(そうてい)が多いような気がする。大きな文字や派手なイラスト、大胆なデザイン。

 こんなところにまで文化の違いが現れていて面白い。


「このあだりでええモン?」

 店員さんに手渡された数冊のセージワーム飼育本も、例にもれず派手だった。

 セージワームの写真がデカデカと表紙になっている本は、申し訳ないけれどパスで。


「お二人は、セージワームば育でるのは初めてですか?」

「はい! 私たち、シュテープから来たんです! セージワームコンテストがあるって教えてもらって、参加しようと思って」

「あぁ、なるほど。んだば、その箱は……」


「はい、先ほど国立公園で仲間にしました!」

 ふたを開けて箱の中を見せると、店員さんは「よがねぇ」とうなずく。

 それから、手慣れた様子でさらに本を数冊選んでこちらに差し出した。


 私と店員さんが喋っている間、パラパラと数冊内容を確認したネクターさんが「これにしましょう」と選んだ本は、ベ・ゲタルには珍しいシンプルな装丁の『セージワーム大図鑑』。

 うん、これなら私でも読めそうだ。


 お会計をお願いすると、そのまま店員さんがレジを担当してくれる。

「わだすも、参加するがや。その時に会えるのが楽じみだモン」

「やっぱり、一大イベントだからみんな参加するんですね!」

「んだば、競争率ば毎年すごいですよ! 二人に負げんように、気合ば入れなあがんねぇ」


 人好きのする笑みを浮かべた店員さんが、ほい、と本を手渡してくれた。

 一緒に「頑張って育てでね!」と応援のお言葉ももらって、私たちは間髪入れずにうなずく。

 同時に、箱の中から「ぴぇ」とアオの鳴き声がして、店員さんが盛大に笑う。


「ずいぶんと賢い子ば見つけで来だモン! わだすもたくさんセージワームば育てて来ただば、こんなのは初めてがや。人の言うこどが分がっとるみだいねぇ」

 褒められて嬉しかったのか、箱の中で再びアオが「ぴぇ、ぴぇ」と鳴いた。


「ま、二人ともこの国ばたくさん楽しんでください。まだ会えるのを楽じみにしてます」

 ポンと軽く肩をたたかれ、店員さんはにっこりと笑う。やっぱりこの国の人たちはみんな明るいというか、陽気で優しい人が多い。


 また、と手を振ると、箱の中からアオが必死に壁をよじ登ろうとあがきながら

「ぴぇぇ~」

 と声を上げた。

 店員さんとバイバイしたかったのかな?


 なんだか知れば知るほど、アオがかわいく思えてきた……。

 ホテルに戻ったら、早速セージワームの勉強をしよう!

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― 新着の感想 ―
[良い点] アオちゃん可愛く思えてきてしまって、この子を本当に食べるのッ!? と私がなってしまいそうです(笑) さあて、一体どんな風に育ててくれるのか……。 しかしネクターさん、意外と動物とかの面倒…
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