81.セージワームとご対面
オリビアさんのお家でごちそうになった翌日。
私たちはやっぱり国立公園を楽しんでいた。
今日は乾期のベ・ゲタルにふさわしい天気の良さで、夕方になっても雲一つない空が広がっている。
ベ・ゲタル一大きいという温室を見てまわって、国立公園もいよいよ残すところは四分の一。
一周するのにまさか四日もかかるとは思わなかったけれど、たくさんのものと出会うことが出来た。
たくさんの植物や珍しい動物、それに……。
「お待たせ。さ、セージワームば選んで!」
新たな旅の相棒? セージワームも。
閉館間近の観光案内所も、セージワームコンテストが近づいてきたからか、私たちと同じくセージワームをもらいに来る人の姿もある。
ベ・ゲタルの人たちがほとんどだけど、中には私たちのように他の国から来たんじゃないかって人の姿もあった。
「二人で別々に育てるがや? それども、二人で一匹?」
オリビアさんは慣れた手つきでセージワームが入った箱のふたを開ける。
中には数匹のセージワームが干し草に包まれてコロコロと転がっている。
いくら一度その味を知り、他の虫よりもマシになったとはいえ苦手意識が消えるわけではない。
「僕はどちらでもかまいませんが……」
箱から二、三歩後ずさった私をネクターさんがチラリと窺う。
「……一匹にしておきましょう。お嬢さまと僕で大切に育てます」
オリビアさんも何かを察したのか、その方が良いだろうと言わんばかりにうなずいた。
私は、そろりそろりと箱に近づいて、そっと箱を覗き込む。
コンテストに参加するって決めたんだもん! 私だって、頑張らなくちゃ!
セージワームは、ソーセージの妖精。かわいい妖精さんだから!
必死に自己暗示をかけながら、もったりもったり、箱の中を動くセージワームを見つめる。
「それじゃ、一匹選んでほしいモン。どっちが選ぶ?」
「……私が、選んでもいいですか?」
「お嬢さま、大丈夫なんですか?」
「はい。自分で選んだほうが、きっと、ちゃんとセージワームのこと、好きになれると思うんです!」
「それもそだね、ええと思うがや。さ、フランば選んで」
オリビアさんは私の方へと箱を差し出して、にっこりと微笑んでくれる。
急かすでもなく、ただ静かに見守ってくれる二人を横目に、私は箱の中にいる数匹のセージワームを見比べた。
どれもまだ小柄だ。色や模様はそれぞれに少しずつ違う気もするけれど……。
どうしよう。
うぅん、と観察していると、一匹のセージワームがゆっくりと体を持ち上げた。
「ぴぇ」
「……ふぇ?」
セージワームの目は、人間には見えないほど小さいらしいけど、なんとなく目があったような気がして……。
「私、この子にします!」
私はすかさず、そのセージワームを指さした。
私の代わりにネクターさんがその子を拾い上げ、手の上にのせる。
小指ほどのセージワームは、ネクターさんの手のひらでコロンと丸まったかと思うと
「ぴぇ」
と再び小さな鳴き声を上げた。
「うん。よがよが! それじゃ、箱ばあげるだば、ちょっど待ってで」
オリビアさんは嬉しそうに私の頭を撫でると、颯爽と受付カウンターの奥へと消えていく。
「……なんだか、こう見ると愛らしいですね」
ネクターさんは元々セージワームへの苦手意識が少ないからなのか、すっかりご執心のようで、手のひらの小さな命を慈しむように見つめる。
「お嬢さま、名前をつけてはいかがでしょう?」
「お名前?」
「はい。これからコンテストまで、ずっとこのセージワームを育てていきますし、名前があると何かと便利かと。それに、名前をつけると愛着もわくと言いますから。苦手意識も薄れるのでは」
「……それは、確かにそうですね! うん、ネクターさん、私、セージワームのお名前、考えます!」
ソーセージのソウ。セージワームのセージ。妖精さんだから、ヨウとか……。
うぅん……。
黙々と名前を考えていると、オリビアさんが干し草の入った箱を持って、私たちのもとへと戻ってくる。
そのまま、手に持っていた箱をネクターさんへ差し出した。
「こん中ば入れで育ててね。セージワームば、どんな環境でも生ぎられるし、エサば何でも食べるだば、よほどのことがねえ限り死なんモンで大丈夫だど思うけど、何かあれば連絡ちょうだい! 出来ることばするがや」
「ありがとうございます。ちなみに、セージワームをおいしく育てるコツというのはあるのですか?」
「さぁ……それば分かれば、ウチらも苦労せんだば分がらんねぇ……。でも、エサによって味ば変わるらしいってこどは、分がっとるモン」
「エサで味が?」
「そ。ハーブをやれば、ハーブの味とか香りがするし、スパイスばやればスパイス風がや。フルーティーなセージワームば流行っだこどもあっだね」
「なるほど、それは面白いですね」
「ま、色々試しでみで。セージワームも個性ばあるだば、個体によっても、味の好みが違うモンで。食べさせたい思うモンを食べてくれるとは限らんのよ」
それに、とオリビアさんは付け加える。
「愛情が一番の隠し味ば言うモンで」
ネクターさんは「確かに」と軽く流したけれど、私の頭には妙にその言葉がひっかかった。
「愛情で、おいしく……。愛でおいしく……あい、おいしい……アオ‼」
「ん?」
「お嬢さま、どうかしたのですか?」
「今のオリビアさんの話を聞いて、セージワームの名前を決めました! この子の名前は、アオにします!」
「なんね? 名前ば考えとっだの?」
「はい! アオって名前にします! セージワームのことも、ベ・ゲタルのことも、たくさん愛して、おいしいお料理に出会いたいから、アオです!」
セージワームを箱に移し終えたネクターさんが「良い名前ですね」と微笑むと同時、
「ぴぇぇ」
と今までで一番大きな鳴き声が箱から聞こえた。
「こん子も気に入っだって言うてるがや」
オリビアさんがケラケラと笑い、私も思わず笑みがこぼれる。
「これからよろしくね、アオ」
まだちょっとだけ怖いから、触ることは出来ないけど……。そっと箱を覗き込んで、アオに挨拶をすると、アオはのたりと体を持ち上げた。




