80.コンテストに参加しよう!
野菜がメインの晩ご飯は、おなかいっぱいに食べても罪悪感がない。
そんなわけで、心地の良い満腹感に浸っていると、オリビアさんが食後の一杯を持ってきてくださった。
「ビートがや。飲める?」
真っ黒な液体からふわりと湯気が立ち上がる。
「ビート?」
首をかしげると、ネクターさんが「珈琲ですね」と教えてくれた。
「珈琲なら飲めます! ミルクとお砂糖があれば、ですけど……」
あるよ、とオリビアさんがキッチンからお砂糖とミルクも持ってきてくれる。
「シュテープじゃ、ビートのこどばカフィ呼ぶんだモン?」
「えぇ。シュテープでは比較的高級品ですし、あまり飲むことも多くないですが」
「ビートばベ・ゲタルでしか採れんモンね」
オリビアさんの話を聞きながら、私は珈琲にミルクとお砂糖をたっぷりいれる。ネクターさんはそのままカップに口をつけていた。
苦くないのかな?
「元はビットンって豆ば煮出したモンだば、ビートば名前だモン。採れたてのビットンば使っだビートは飲みやすいがや。ベ・ゲタルにいる間、ビットン農園ば行っで来だらどう?」
オリビアさんも何もいれずにそのまま口をつけている。
ミルクやお砂糖を入れた後だけど、確かにシュテープで飲んだものに比べるとさっぱりしているというか……あんまり苦くない気がする。
「それはいいですね。国立公園を見て回ったら、珈琲……いえ、ビットン農園も行ってみましょうか」
「はい! 本場の味を、ミルクとかお砂糖なしで挑戦したいです!」
ネクターさんの提案にのっかると、彼も満足げにうなずく。
「お嬢さまは、ベ・ゲタルに来てから挑戦の連続ですね」
素晴らしいですと褒められて、私がえへへとはにかめば「ほんまかわいいねぇ」とオリビアさんにわしゃわしゃと撫でられる。
「ついでに! コンテストも挑戦しでほしいんだば、どうね?」
オリビアさんは私の頭を撫でる手を止めずに話を続ける。
そのままうりうりとほっぺを撫でまわされていると、
「……お嬢さま、いかがですか」
ネクターさんが苦笑しながら助け船を出してくださった。
オリビアさんから解放されて、ぷは! と私が息を吐くと「かわええモンでつい」とオリビアさんは笑う。
「うぅん……正直、まだ生きてるセージワームは苦手ですけど……。昨日ほどは嫌じゃなくなりました。せっかくなら……挑戦、してみようかな」
私の言葉に、ネクターさんが驚いたように目を見開いた。
「本当に大丈夫ですか? 挑戦することは素晴らしいことですが、それでお嬢さまがお辛いお気持ちになられてしまっては、僕は……!」
なぜか勢いそのままに土下座をしようと姿勢を正したネクターさんを慌てて止める。
「大丈夫ですから! 別に無理とかしてませんし‼ セージワームがあんなにおいしいんだって知って、ちょっとだけ興味が沸いたんです! 普段は食べてばっかりだけど、ちゃんと一つの命なんだって思えたら、もっと普段の食事を大事に出来るっていうか……」
それこそ、クレアさんの養鶏場で食べた朝ごはんみたいに。
毎日をしっかり生きていくことの大切さがわかるような気がする。
「それに、中々こんな機会もないですし! セージワームコンテストって、ベ・ゲタルの一大イベントなんですよね⁉ だったら、それに参加しないのももったいないかなって!」
そこでようやくネクターさんが顔を上げた。眉も目じりも下がり切った不安げな表情がゆっくりとやわらかな笑みに変わっていく。
「本当にお嬢さまは素晴らしいお方です」
「んだば! 二人でコンテストに参加しでぐれるってこどで! よろずく!」
オリビアさんは私の手を握り、ブンブンとその手を上下に振る。
「観光客の人ばいるど、更に盛り上がるモン! ウチらも万々歳がや!」
「ちなみに、参加と言っても具体的には何をすればいいんでしょうか?」
ネクターさんが再び助け船を出してくれたことで、振り回されていた私の手が止まる。
オリビアさんは私の手をパッと離して、思い出したように姿勢を正した。
「簡単に言うど、セージワームコンテストば、みんなが育てたセージワームの品評会がや」
「品評会?」
「そ。セージワームば、飼育環境によっで大きく味ば変わる生き物がや。んだば、参加者はセージワームを育てて、コンテストに自慢の一匹を出場させて味を競わせるんだモン」
「つまり……料理コンテスト、ということですか?」
「ま、そうどもとれるがや。実際は、味付けもなし、調理法も一緒だモン。育てたセージワームがどれだけおいしいか。それだけが勝負の決め手になるがや」
「なるほど……。シンプルだからこそ盛り上がるというわけですね」
「特にセージワームば、育てるだけならだれでも簡単! だもんで、みんなこぞって参加ばするし、学術的にも貴重なチャンスだば、一大イベントなんだモン」
「それじゃあ、参加者はみんなセージワームを育てなきゃいけないってことですよね? 私たち、セージワームなんて……」
私がおずおずと挙手をすると、オリビアさんは「大丈夫」とサムズアップ。
「コンテストの募集期間中ば、国立公園でセージワームを配っでるがや! セージワームば二週間もあれば成体になるだば、今からでも間に合うモン」
「そうなんですか⁉」
「コンテストは確か、一か月後でしたよね?」
「んだば、まだ募集期間中ってこど。二人が参加するなら、明日にでもセージワームば、あげるがや。また案内所に来で」
「分かりました!」
「育て方ば、明日教えてあげるモン。って言っでも、大したことばなかモンで、あんまり肩肘はらんでええがや。楽しみにしてで!」
オリビアさんはウィンクを決めると、一仕事終えたというように大きく伸びをした。
清々しい顔で微笑む彼女は、本当に美人さんだ。
「ほんまよがっだわ、セージワームばベ・ゲタルの象徴。この国の人間としては、もっどこの国のよかとご知ってもらいたいがや」
オリビアさんは、ベ・ゲタルのことをすごくたくさん愛しているみたい。
緑が豊かで、ワイルドな雰囲気が良く似合って、陽気で、のびのびとした空気のベ・ゲタルで彼女に出会えたことは、私にとってもすごく良い出会いに違いない。
「オリビアさん! 私、オリビアさんと仲良くなれて良かったです!」
私の突然の告白に彼女は驚いたように目を丸めて――私をぎゅっと抱きしめた。




