8.チーズフライとコカトリス
「はい! お待ち! チーズのフライと、コカトリスの煮込みだ」
「ほわぁぁ! おいしそうです‼」
小さなテーブルを簡単に埋め尽くす大きなお皿が二つ。
どちらの皿からもふわりと湯気が立ち上がり、それぞれの香りが鼻をくすぐる。
「いっぱい食べていってくれよ! そっちの兄ちゃんもな!」
「えぇ、ありがとうございます」
渡された取り皿を料理長はさも当たり前のように受け取って、早速料理を取り分けていく。
料理をよそう料理長の手つきはさすがに優雅で、惚れ惚れしちゃう。
「どうかしましたか?」
「いえ! 料理長、手も綺麗なんだなと思って」
「……そうですか」
照れたのか、一瞬黙りこくった料理長は、それからパパっと取り分けた料理を私の前に差し出して「冷めないうちにいただきましょう」と付け足した。
両手を組んで、ご飯の前のお祈りをする。
「「我らの未来に、幸あらんことを」」
今の私たちにぴったりな言葉だな、なんて思った。
祈りを終えて、早速フォークをチーズのフライへ。
フォークを差し込んだ瞬間――麦色のフライの壁を破って、中から溶けたチーズがとろりとあふれた。
「はわぁぁ! 写真! 写真撮らなきゃ!」
これは間違いなく映える!
カバンに手を差し込んで、そうだ、魔法のカードしかないんだった、と思いだす。
私が硬直すると、料理長は何を察したか
「リッドでも写真は撮れますよ。貸してください」
そうカードを要求し、すっすと操作していく。
やっぱり料理長って器用なんだな。なんでも出来そう。
お皿に流れたチーズが秋風にさらされてゆっくりと固まっていく。
料理長に教えてもらいながら、私がわたわたと操作するころには、チーズもすでに固まっていて……仕方がない、と私はカードの位置を再調整。
残しておきたい思い出は、別にこのお料理だけじゃない。
「料理長、笑ってください!」
「え?」
パシャリ。
チーズのフライに口をつけていた料理長と、ピースサインの私がカードの画面上に映る。
「お嬢さま⁉」
「記念です、記念! 初、夜市! エモいじゃないですか、超フォトジェって感じだし!」
「エモ……? フォトジェ?」
「映えるってことです!」
とりあえず、とチーズが半端に固まったフライをひょいと一口放り込む。
サクッと口の中で軽い音がしたかと思うと、濃厚でクリーミーな味が口の中を支配した。
「ん!」
「お味はいかがです?」
「最高です‼ しかも、見てください! ほら! めちゃめちゃチーズが伸びる!」
「お行儀が悪いですよ」
「でもすごいです! っていうか、このフライのサクサク感とチーズのなめらかでとろとろな感じが、最強の組み合わせすぎて……!」
チーズの塩気とちょっと癖のあるような少しの酸味。それがフライの油と相まって、コクがある。しかも、このジャンキーな感じがたまらない。
噛んでいるうちに、固まったチーズの奥から、まだ溶けた状態のものが続いて押し出された。
「あふっ!」
「火傷しないでくださいね」
ほら、飲んで。麦酒を渡されて、ゴクンと一杯。
「ぷはーっ! 最高です!」
麦とアルコールの苦みも、フライの油と混じりあって、すっきりとした後味に変わる。
口の中にほんのりと残った熱が恋しくて、もう一つ。
私は今度こそ魔法のカードを構えてフライにフォークを差し込んだ。
フォークに絡めると、どこまでも伸びていきそうなチーズを撮る。ついでに、それを食べる料理長も。
「めちゃめちゃおいしいです! コカトリスもいきましょう!」
「そうですね」
催促されるのはお見通しと言わんばかりに、コカトリスの煮込みが入った取り皿を料理長が差し出した。
一緒に煮込まれているお野菜も、ゴロゴロしてておいしそう!
「はい! 料理長!」
「なんでしょう?」
「どうしてソースがこんなに赤いんですか?」
お野菜だけを煮込んでも、こんなに赤くはならないだろう。いや、チリトっぽいものが入ってるから、もしかしたらこいつのせいで赤くなるのかもしれないけど。
「おそらくですが、ワインで煮込んでいるからだと思います」
「へぇ! チリトは関係ないんですね」
「チリト……チリトマトは見た目こそ赤いですが、実際に煮込んでもこの色は出ませんよ。おそらく、味を引き締める辛味として入れているんでしょう」
入っているお野菜の色で黄金色のスープを作ってから、ワインを入れるから完全な赤にはならないんだ、とか、お野菜の種類は……とか。料理長のお料理談義は続く。
でも、コカトリスの煮込みを早く食べたい私にはあんまり入ってこなかった。
百聞は一食にしかず!
料理長のお話を遮らないよう、そっとコカトリスの煮込みにスプーンを入れる。
ほわっと立ち上がる香りは、なるほど確かに少しお酒の香りもするような。
大きめのコカトリスのお肉をすくい上げてパクリ。
「ん! んん~!」
お野菜の優しい味のスープはもちろんだけど、噛むと、ほろりと崩れていくコカトリスからじゅわっと肉汁があふれる。
コカトリスを初めて見た時は頭とお尻にそれぞれ全然違う顔がついていて、なんてやばいやつなんだ、と思ったけれど。
こんなにおいしいなんて。憎いやつ!
「おいしい‼ お肉がやわらかい……!」
「しっかりと煮込んでおられるのでしょう。コカトリスの肉はうまく処理しないと筋張ったり、繊維質っぽくなったりするんですが」
「料理長! スープも美味しいです! お野菜の味がいっぱい染みてて!」
じんわりと体をあっためてくれるような優しい味に、うっとりとまぶたが落ちてくる。
ワインが味を深めているのか、スープにもまったりとしたコクがある。
コカトリスの煮込みは何度かおうちでも食べたことがあったけど、こんな風にレシピを気にしたことはなかった。
ご飯を食べるときに、お料理のことを教えてくれる人はいなかったし。
しかも、煮込みにチリトが入っているのは初めて。
噛むとぐじゅりと果肉がつぶれて、ピリッとスパイシーな刺激が舌の上ではじける。
「わ! このピリッとした感じも良いですね! 味変だ!」
「確かにこれは面白いですね。レシピに加えておかないと」
料理長もふむふむ、とうなずきながら黙々とご飯を口へ運ぶ。
そうしているうちに、お料理はあっという間になくなってしまった。
「はぁ! おいしかったです!」
けれど、これはまだ一軒目。いうならば序章も序章だ。
「次は何を食べましょうか!」
料理長の方へパッと視線を向けると、じっとこちらを見つめる彼の熱い視線とぶつかった。