79.絶品? チャレンジ! セージワーム
今回は、昆虫食に関わる記述が出てきます。
虫が苦手という方は、お気を付けください!
まずは強火で水をあっためていく。
沸騰しても、水が全部なくなるまでは加熱し続けるのがポイントだとオリビアさんが教えてくれた。
「セージワームば、内側に脂肪を蓄えとるでね。その脂肪が溶ける温度まで、水からじっくり火を通すだば、旨味があふれるんよ。それば蒸発するまで加熱し続けるど……」
「旨味が出た水……出汁がセージワームの周りにコーティングしなおされるということですか」
ネクターさんが何かを察したかのように呟く。
私にはよくわからなかったけれど、オリビアさんは「驚いだ」と目を丸くした。
「お兄さん、料理好きなの? よぐわがっだね!」
「ネクターさんは料理長だったんですよ!」
「お嬢さま、それは……」
「なんば、隠しで! それならもっど早ぐ教えで欲しかったがや!」
オリビアさんはバシバシとネクターさんの背をたたく。
彼はこちらに一瞬だけじとりとした視線を送り、諦めたように「今は違いますから」と眉を下げた。
オリビアさんは肩をすくめてあっけらかんと笑う。
「ま、ええがや。人間誰しも、触れられたぐねえこどのひとづやふだづ、あるモンで」
「すみません、助かります」
「続きば教えるね」
オリビアさんとネクターさんは、再びセージワームを熱しているフライパンへと視線を戻す。
あまりにも自然なそのやり取りが、二人がいかに大人であるかを示している気がした。
ネクターさんがどうしてそんなに頑なに「料理人」であることに自信なさげなのか、気になっているのはこの場で私だけ。
それが自分の未熟さを表しているみたいで、ちょっとだけ寂しい。
でも、せっかくオリビアさんがセージワームを焼いてくださってるんだもの! 今は、そっちの方が大事よ、フラン!
さ、集中集中!
ブンブンと首を振って、私もネクターさんの後ろからそっとフライパンを覗き込む。
すっかり水は蒸発していて、セージワームがテラテラと光沢を帯びていた。どこからどう見てもソーセージだ。これはおいしそう、かも……。
「こごからは弱火にするモン。この光っどるのがさっき飛ばした旨味と脂だば、これがしっがり馴染むまでセージワームを転がしであっだめるがや。焼き目ばついだら、完成だモン!」
じっくりじっくり。弱火で火を通しながら、焦げ付かないようにコロコロとセージワームをフライパンの上で転がす。
オリビアさんはしばらくそれを続けて、数分……。
「よし、そろそろええモンで!」
カチン、とコンロの火を止めた。
今にもはじけそうなくらいパンパンに張った皮。焼き目がしっかりとついたセージワームは、ソーセージよりもおいしそうに見える。
「お、おいしそう……」
思わず口から漏れた言葉に、オリビアさんは「そうでしょ⁉」と目を輝かせた。
「よがっだ、フランにそう言っでもらえで! 味はウチが保証するだば、ちょっど食べで見で!」
オリビアさんは、フライパンから手際よくセージワームをお皿に移して、こちらに差し出す。
見た目でわかるプリプリ感。ツヤっとした外見は、まったく虫には見えない。
虫は苦手だし、昆虫食なんて絶対に食べられない! そう思っていたけれど……これなら、きっと食べられる。
ゴクン。
私は唾を飲み込んで、そっとセージワームを見つめる。
当然ながら、もう鳴き声はしない。それがじんわりと胸に寂しさを募らせる。
「我らの未来に、幸あらんことを」
食前のお祈りをすませると、オリビアさんが不思議そうに首をかしげる。
「シュテープ式の挨拶がや?」
「はい。シュテープでは、命を繋いでくれた生き物や植物たちのためにも、私たちの未来が良きものでありますようにって、食前にお祈りするんです。ご飯を食べて、これからもこの命の分まで元気で生きていけますようにって」
「……うん、ええね。気に入っだモン」
オリビアさんも私の真似をして、両手を組む。
「ウチらの未来に、幸あらんこどを」
ベ・ゲタル訛りの挨拶が胸に染み入る。
オリビアさんは少しだけ照れ臭そうに笑って
「さ、冷める前に食べてみで! その間に、サラダとか他のおかずも作ってあげるモン!」
と次の調理へ取り掛かった。
私とネクターさんはお言葉に甘えて、セージワームがのっかったお皿にお箸を運ぶ。
持った瞬間に、皮が弾けて肉汁があふれそうなくらいプリプリだ。
「……いきます!」
覚悟を決めて、私はセージワームを掴み上げる。
私がお箸を口へと運ぶ様を、そわそわと落ち着かない様子でネクターさんが見守ってくれていた。
鼻をつくのは香ばしいお肉の焼けた匂いと、ハーブのような澄んだ匂い。
これは……。
パクン!
噛みしめた瞬間、プチン、と皮が弾け――中からじゅわぁっと一気に肉汁があふれる。
たっぷりと絡みつく脂は上品で、口の中に草の香りがふわりと広がった。
しっかりした旨味を感じるのに、まったくしつこくない。
プリプリとした歯ごたえは普通のソーセージ以上だし、これはすごい!
「いかがですか」
黙り込んだ私をネクターさんが不安げに覗き込む。
ゴクンと一口飲みこんで、私がふぅ、と息を吐き出すと、ネクターさんは逆に息を飲みこんだ。
サラダを用意しているオリビアさんも、いつの間にかその手を止めてこちらを見つめている。
「……おいしいです‼」
私が笑みを浮かべると同時、オリビアさんとネクターさんも緊張に固まっていた顔を緩めた。
「よがっだぁ~! あ~! もう、ほんま、アンタってばドキドキさせでくれるがや!」
「安心しました……。良かったですね、お嬢さま」
「すっごくおいしいです! チャレンジしてみて良かったです!」
「ソーセージよりもおいしがろ?」
「本当に! オリビアさん、すごいです! とっても身がプリプリで、肉汁たっぷりで! 脂の旨味もしっかりあるのに、草っぽいっていうか……ハーブみたいな香りがするから、上品だし、全然くどくなくて!」
残りのセージワームもペロリと食べきれば、オリビアさんは嬉しそうにうなずいた。
「フランばこの良さをわがっでぐれる人でよがっだ! 本当に嬉しいがや! これで、セージワームコンテストも出てほしいモン!」
オリビアさんは冷蔵庫に貼り付けているポスターをクイクイと顎でさして笑う。
「後でじっくりコンテストについても説明しであげるがや。まずは、ご飯にしよっが」
オリビアさんのお料理をネクターさんとお手伝いして、今晩のお料理は完成。
私たちは大きなテーブルを囲んで、食卓についた。