78.セージワームも大切な
今回は、昆虫食に関わる記述が出てきます。
虫が苦手という方は、お気を付けください!
キッチンにドスンと置かれた箱。
私はゴクリと唾を飲んで、その中をそっと覗き込む。
「……っ!」
叫びそうになるのをぐっとこらえる。
コロコロと動く芋虫――セージワームとのご対面パートツー、第一関門は突破だ。
大丈夫。これはソーセージみたいなものよ、フラン!
こいつは虫じゃなくて、ソーセージの妖精的なあれ! ソーセージの魔物的なあれだから! っていうかもはや、命を吹き込まれたソーセージだから‼
必死に自分へ語りかけて、大きく息を吐く。
うん、深呼吸大事。大丈夫、怖くない。ちょっとキモイけど、ちょっとだし。ソーセージが動いてるって思ったら、ちょっとかわいいくらいだし。
「ほ、ほんまに大丈夫がや?」
「お嬢さま、ご無理なさらず! 僕が変わりますから!」
「いえ! 大丈夫です! 動くソーセージだと思えばかわいいもので……」
「バァァ……」
「ふぉぁっ⁉」
セージワームを掴もうと、オリビアさんから渡された菜箸でセージワームをつついた瞬間。
確かに聞こえた、謎の声。
「な、なんですか今の⁉ お、おじさんがいます! どこかにおじさんが!」
「フラン、落ち着いで。大丈夫だば、はい、いっだん深呼吸!」
オリビアさんに促されるまま、スーハー、スーハー。
めいいっぱいに気持ちを落ち着けて再び箱を覗き込んでみたけど、おじさんの姿はどこにも見当たらない。
「セージワームの鳴き声だモン。一匹ずつ鳴き声も違っで、それがまたかわいいんがや。個性があるだば、愛着も沸ぐっでモンで」
「鳴くんですか⁉」
「んだば、こいづは……」
「ビェェ……」
「ほらね」
オリビアさんが私の隣からついついと菜箸でセージワームをつつく。そのたびに、おじさんみたいな鳴き声が小さく聞こえてきて、私は思わず顔をしかめた。
何この生き物……やっぱりキモイ……。
「セージワームば、実はまだよぐ分がっでねえことも多いだば、なんで鳴き声ば違うのかとか、味が変わるのかとか、この国では研究も進められてるんだモン。セージワームコンテストも、その一環なんだがや」
オリビアさんは説明しながら、ひょいひょいとセージワームを皿へ移していく。
私も頑張ってセージワームをつかもうとチャレンジしたけれど……やっぱり苦手意識が勝ってしまった。
「優勝賞金が二百五十万マデラも出るのはそのためですか」
「そ、よぐわがったね!」
私と選手交代したネクターさんは、オリビアさん同様にひょいとセージワームを掴みあげた。
掴んだセージワームを観察するネクターさんは、まさに興味津々といったご様子。
「学問上は虫ということになっているんですよね?」
「そうだモン。裏側をよく見で? 小さい突起が六つあるがや?」
遠目にはコロンとしていて突起なんてないように見えるけど、近くで見るとあるらしい。
ネクターさんがコクコクとうなずく。
「それが虫の足と同じ構造だば、学問上は虫ってこどになっでるモン。目が六つとか八つとかあっで、それも理由の一つがや」
「魔物ではないんですよね?」
「魔物は魔素を作る器官を持っとるだば、魔物ば呼ばれとるでな? セージワームば、それはないモンで」
せめて魔物であってくれればまだ耐えられたのに……。
オリビアさんの説明を聞きながらしゅんとうつむくと、ネクターさんが「大丈夫ですか」と心配してくれた。
でも、遅いの。
ネクターさん、私のライフはもうゼロよ……。
「ま、あんまり難しいことば話してでも仕方ねえモン! セージワームば、食べるのが一番! ほら、フラン。アンタもそう気を落とさんで!」
「うぅ……頑張ります!」
「えらいえらい! ま、無理ばせんでね」
オリビアさんは再び私の頭をくしゃくしゃと撫でると、コンロの下から大きな器を取り出す。
お屋敷でもパーティでしか見たことがないような大きな銀のそれをコンロにセット。
いよいよセージワームを焼くらしい。
「フラン、ほんまに大丈夫?」
「だ、大丈夫です! 命は粗末にしちゃいけないって教わりましたし! セージワームだって、大切な命ですから‼」
そう。クレアさんのお家でも学んだことだ。
ぐっと拳を握りしめると、オリビアさんは「じゃ、いぐよ」とセージワームを掴んで、フライパンに入れていく。
まだ火にもかけられていないフライパンの上で、セージワームがゴロゴロとくつろいでいる様を見ると……これから食べちゃうのがちょっとだけ可哀想な気がしてきた。
……虫を食べるなんて、って思ってたけど、やっぱり大事な命だもん。
「油はしかなくても良いのですか?」
「セージワームばうまい焼き方があるモン。繊細な生き物だば、丁寧に扱ってやるのがポイントがや」
「なるほど……」
料理長は、しげしげとオリビアさんの調理工程を観察している。
普通のソーセージをどうやって料理しているのかは知らないけど、どうやらセージワームはちょっと違うみたい。
オリビアさんは、セージワームが三分の一くらい浸かる量のお水を入れる。
「セージワームば直接焼くとでけえ声ば出すモン。うるせえだば、まずは水につけでちょっど待つの」
オリビアさんはセージワームに向かってそっと祈るように両手合わせた。
「命ばもらうだば、こうやっで感謝するのがベ・ゲタル式がや」
シュテープの食前のお祈りみたいなものだろう。
苦手な虫とはいえ、目の前で調理されてしまったら、さすがに情もわくというもの。
素直に感謝の気持ちを心の中で述べて、オリビアさんと同じように手を合わせた。
「さ、それじゃ火にかけでいぐモン」
オリビアさんはお祈りを済ませると、早速コンロに火をかけていく。
「みんな、ありがどね」
小さく呟いたオリビアさんの声がやわらかくて、セージワームを本当に愛して育ててたんだなってことが伝わった。
命の重さはきっと、どこでも、何に対しても同じなんだ。
鍋を温める火の明かりが、ちょっとだけ、弔いの時にあげる火のように見えた。




