77.不安と覚悟、待ち合わせ
翌日、オリビアさんとの約束の時間はすぐにやってきた。
二日目にしてようやく敷地の半分を見終えたベ・ゲタル国立公園の閉園アナウンスが流れる。
オリビアさんとは公園の駐車場で待ち合わせ。
私たちは一足先に車に乗り込んで、彼女を待っていた。
少し早く上がらせてもらうと言っていたけれど、そろそろかな……。
「お嬢さま、本当によろしいのですか?」
これで何度目だろう。ネクターさんからの質問に、私は苦笑を浮かべる。
「大丈夫ですってばぁ……! あんまり言われると、逆に落ち着かないですよ」
もちろんセージワームのことを思い出すと、背筋に嫌な汗が伝う。
けれど、せっかくのオリビアさんのお誘いを断るのも、ネクターさんの好奇心を無下にするのも嫌だ。
「もう、覚悟はばっちり決めましたから!」
見た目だけで言えば、ソーセージと一緒だもん。
昨日オリビアさんからもらったセージワームコンテストのチラシを嫌というほど目に焼き付けてきたから、セージワームの見た目には慣れたつもりだ。
「それなら良いのですが……。本当にご無理だけはなさらないでくださいね。誰しも苦手なもののひとつやふたつはあるものです」
「はい! だけど、挑戦もせずにこれはダメだって諦めるのはもったいないですから!」
お母さまやお父さまがいたら、きっと「一度は挑戦してみなさい」って言うはずだ。
それに、せっかくこうしてベ・ゲタルまで来たんだもん。
ここでしか食べられないものを食べずに帰るなんてできない!
「お嬢さまは、本当にしっかりしてらっしゃいますね」
「食べておいしかったら、食べられるものも増えるし、貿易品としても良いかもだし! 一石二鳥です!」
ネクターさんは「食い意地もしっかり……」と言いかけて、口元を押さえた。わざとらしい大きな咳払いが続く。
ネクターさん、もう遅いです。
とはいえ、自覚もあれば、客観的事実だということも知っているので言及はしない。
「ネクターさんは、セージワームも食べたことがあるんですか?」
話題を変えようと話を振る。ネクターさんは「えぇ」と小さくうなずいた。
「ずいぶんと前に一度だけですが……。味も食感も、ソーセージとほとんど変わらなかったと記憶しております」
「へぇ! オリビアさんもおいしいっておっしゃってましたし……やっぱり、味は良いんですね」
「とはいえ、セージワームは育てる人によってずいぶんと味が変わると聞いたことがあります。食べさせるものや飼育環境で味に影響が出るんだそうですよ」
「それじゃあ、すっごくおいしいものもいるってこと?」
「えぇ、その可能性もあります。反対に、まずいものもいるかもしれませんし」
あの見た目でまずかったら、もはや救いようがない。いや、ベ・ゲタルの人からすればただのまずい食材なんだろうけど……。
貿易品にしようかなんて考えていたけれど、あまりにも味が違うなら気を付けなくちゃ。
「セージワームを育てるって、どんな風に……」
コンコンと窓をノックする音が聞こえて、私たちは車の外へ顔を向ける。
仕事を終えたばかりのオリビアさんがヒラヒラと手を振っていた。
車の窓をあけると、夕方の生暖かい風が入り込んでくる。
ベ・ゲタルはシュテープより日も長くて過ごしやすい。
「お待たせ! 遅くなっだね、ごめん」
「いえ! 私たちもさっきまで園内を見てましたから」
「そ? それならよがっだ。すぐに車をだすだば、ついてきで」
「分かりました」
オリビアさんは軽く手を挙げると、駐車場の奥の方へと歩いていく。
彼女を追い越してしまわないように、ネクターさんもゆっくりと車を発進させた。
*
オリビアさんの車はド派手なピンク。形は私たちのレンタカーによく似ているけれど、ネクターさんいわく『全くの別物』らしい。
形はともかく色が目立つので、町中でも見失うことはない。
オリビアさんの車を追いかけること三十分。点々と家が立ち並ぶ森の中で、オリビアさんの車が速度を落とした。
どうやらこの辺りがオリビアさんのお家みたい。
どうしたって森にはなじまないピンクの車が、これまた鮮やかな赤い屋根の家に吸い込まれていく。私たちもそれに続き、玄関先の空いているスペースに車を停める。
「さ、どうぞ! 何にもないとごろだば、大しだもんはねぇモンで申し訳ないけどさぁ」
「そんなことないですよ! こんな森の中にお家があるなんて素敵です!」
「あはは、アンタはえぇ子やねぇ」
オリビアさんはわしゃわしゃと私の頭を撫でまわしながら、もう片方の手で器用に玄関扉を開ける。
シュテープでは珍しい機械式の鍵がカチャンと音を立てた。
「靴ば脱いだら、奥が手洗い場。洗っだらリビングで待ってで。ウチはちょっど用事があるモンで」
「はい! お邪魔します!」
何か手土産の一つでも持って来ればよかった、なんて二人で話をしながら手洗いをすませて、リビングへ戻る。
玄関から入ってすぐリビングになっているのもシュテープにはない家の造りだ。
あまりじろじろ見るのは失礼かも。
そう思いつつ、やっぱりシュテープでは珍しいものがたくさんあって、ついつい目が動いてしまう。
壁にかかった動物のはく製や観葉植物、麻布で折られた派手な柄のカーペット……。
「珍しいもんばえれぇモン、気になるがや?」
「あ! ごめんなさい、勝手に!」
「いいのいいの。気にせんで色々見てっでえぇモンで、ゆっぐりしでで。セージワームば、今から準備するだば、怖かろうモン? キッチンにはしばらぐ来ん方がええよ」
どうやらオリビアさんは着替えていたらしい。
ゆったりとした派手なワンピース姿で現れた彼女は、そのままリビングを通過して奥のキッチンへ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
意を決してオリビアさんの背中に声をかける。覚悟を決めすぎて、思っていたより大きな声になっちゃったから、ネクターさんが隣でビクリと肩を揺らしていた。
「わ、私! セージワームをお料理するところ、見てみたいです!」
瞬間、
「お嬢さま⁉」
「え?」
私を見つめる二人の表情に「予想外」の文字が浮かびあがったような気がした。




