76.セージワームにご用心!
今回は、昆虫食に関わる記述が出てきます。
虫が苦手という方は、お気を付けください!
観光案内所は閉園間近ということもあってガランとしていた。
終業が近いからか、従業員さんもどことなくのんびりとしているように見える。
受付のお姉さんにオリビアさんを呼んでもらっている間、私たちは案内所を見て回ることに。入り口でもらった観光ガイド以外にも、見どころマップや植物に特化した冊子などがたくさん棚に置かれている。
「ここにも色々置いてあったんですね!」
「一部ずつもらって帰りましょうか。また来るでしょうし」
「はい! これを見て、いっぱい勉強します!」
ネクターさんがいくつかの冊子を見繕う。カバンにしまいこんだところで、
「お待たせ!」
と快活な声が聞こえた。
「オリビアさん!」
「こっちがらお願いしだのに、待たせでごめんねぇ! スコールは大丈夫だったがや?」
「はい! なんとか!」
「そ、よがっだ」
オリビアさんは早速、手に持っていたチラシをこちらに差し出す。
「はい、これ」
ベ・ゲタルらしい原色をふんだんに使ったチラシへ目をやれば、それはもう主張激しく輝くソーセージの写真が。
おいしそう!
思わずそんな言葉が口をついて出そうになった瞬間――
「……セージワームですか」
ネクターさんがどこか苦々しく呟いた。
「セージワーム?」
「あぁ、アンタば知らんがや! シュテープがら来ただば、セージワームば珍しいよね?」
オリビアさんは「ちょっど待ってで」と再び案内所の奥へと姿を消してしまう。
「料理長は知ってるんですか?」
「えぇ、まぁ……。ただその……本当に説明してもよろしいんですか」
「何ですか、それ! 余計に気になります!」
単なるソーセージではないことはなんとなく分かったけれど、料理長の反応を見るに、どうにもためらう理由がありそうだ。
イベントのチラシをもう一度見て、じっくりと書かれている内容に目を通す。
第八十回セージワームコンテスト。
開催場所はベ・ゲタル国立公園レストラン内、開催日は一か月後だ。
まだまだベ・ゲタルにはいるつもりだし、もちろん参加できる。
「っていうか、優勝賞金まで出るんですね!」
ひとつ、ふたつ、とゼロの数を数える。どうにも、金額が大きすぎるような……。
「二百五十万……⁉」
「二百五十万マデラ、ですね」
「マデラってシュテープだとどれくらいなんですか?」
「日によって変わりますが、今はだいたい一エルが二十五マデラですから、十万エルくらいでしょうか」
「十万エル⁉」
セージワームコンテストがベ・ゲタルの一大イベントであることはよく分かったけれど、一体何をするコンテストなんだろう。
「まさか、参加するおつもりで……?」
「そりゃ、こんなにおいしそうなソーセージがたくさん集うコンテストで、優勝したらお金までもらえるなんて! 参加するしかないですよ!」
「お嬢さま。その、考え直した方が……」
「そんなに変わったコンテストには見えないですし、大丈夫ですよぉ!」
うまくいけば、少しだけだけど、ネクターさんにお給料だって払えるし!
ネクターさんはいつものネガティブを発揮しているのか、どうにも納得がいっていないご様子。
「いえ、そういう意味では……」
困ったように眉を下げ、言いにくそうになにやら口をもごもごと動かしている。
「何かあるんですか?」
「大変申し上げにくいのですが、実はセージワームは……」
「お待たせ!」
ネクターさんの声を遮るように、オリビアさんの声が案内所に響く。
小さめの箱を胸元に抱えたオリビアさんが「ごめんねぇ!」と申し訳なさそうに頭を下げた。
「セージワームば見たことないがや? 実際に連れてきただば、見てみて!」
オリビアさんは私たちの方に、パッと箱を差し出す。
「お待ちください、お嬢さま!」
唐突なネクターさんの制止は――ほんの少しだけ遅かった。
「ひぃぁぁあああああ⁉」
箱の中にいたのはウネウネと体をよじらせる芋虫。
ソーセージによく似たその円柱形のフォルムと色でもだませない動きに、私の血の気が引いていく。
「すみません、すみません!」
慌ててオリビアさんに箱を突き返すと、彼女もつられて慌てふためく。
「な、なんばしだね⁉」
まさか叫ばれるとは思ってもみなかったのだろう。
「虫! 虫じゃないですか!」
「お嬢さま、申し訳ありません! 僕がもっと早く説明しておけば!」
ネクターさんの流れるような土下座に、オリビアさんがさらに目を見開く。
ネクターさん! 別に謝らなくていいんです! っていうか! 今はそれどころじゃないんです!
「ご、ごめんなさい! えええ、えっとネクターさんのことは気にしないでください! 私、虫が苦手で! びっくりしちゃっただけですから!」
一生懸命回らない頭で状況を説明すると、オリビアさんはポカンと口を開け……。
「あはは! 何? アンタ、虫ばアカンがや?」
「わ、笑い事じゃないですよぉ……!」
「ごめんごめん、それば悪がっだねぇ! とりあえず、この箱ば向こう置いてくるがや。んだば、そんな離れんでほしいがや」
距離を取った私にオリビアさんは申し訳なさそうに苦笑して、ぺろりと舌を出す。
彼女はすぐにセージワームが入った箱を受付のカウンターへと置いて、「これで良がね?」と肩をすくめた。
「この国じゃ普通だモン。セージワームば、一回食べで見だらわがるよ!」
「で、でも……」
「そうだ! アンタら、明日ば時間あるがや?」
「ありますけど……」
「そんな警戒せんでええがや! ウチに遊びにおいでよ!」
オリビアさんはパンと両手をうって、にっこりと笑う。
「セージワームば、ごちそうしであげるモン! もちろん無理ばせんでええけど、ウチもベ・ゲタルの人間だば、この国の魅力を二人に教えたいんよ! えれえうまいモンで!」
どうしよう……。おいしいだなんて聞いたら、行きたいけど……行きたくない!
私がうなると、いつの間にか土下座をやめてくれたらしいネクターさんと目があった。
ソワソワと落ち着かないその瞳が「行ってみたい」と語り掛ける。本当に、お料理のこととなると貪欲だ。
「……うぅぅ……分かりました! 行きましょう!」
覚悟を決めるんだ、フラン・テオブロマ! 頑張れ! フラン・テオブロマ!
えぇい、と私が半ばやけ気味で叫ぶと、オリビアさんとネクターさんが嬉しそうに微笑んだ。




