74.お目見え! 幻のサンド(2)
サンドイッチの良いところは、片手でも簡単に食べられるところにある。……はずなのに、目の前のカツサンドはお肉たっぷりのソースまでかかっていて、その良さを全て殺している。
特に、この幻のサンドは、働いている人が仕事の合間に食べるための『まかない』のはず。にも関わらず、手が汚れてしまうような――というよりも忙しい時でも、ナイフとフォークを使わなければならないサンドが、こうしてここにいる。
「これは……きっと、相応の理由があるに違いありません……」
ナイフとフォークをしかと握りしめて呟くと、向かいから「お嬢さま……?」と明らかに困惑の色を含んだネクターさんの声が聞こえた。
でも! これは、私が確かめなくちゃいけない!
このカツサンドの謎を解明すべく、私はベ・ゲタル国立公園の奥地へと向かった――
「……お嬢さま、大丈夫ですか? ご気分でも?」
ハッ! いけない、いけない!
「なんでもありません! ちょっと、カツサンドがあまりにもおいしそうでつい……」
どうやら、ナイフとフォークを握りしめたまま、相当険しい顔をしていたらしい。
心配そうにこちらを覗き込んでいるネクターさんに対して「大丈夫です」と首をぶんぶん横に振る。
「確かに、カツサンドもおいしそうですね。上にかかっているソースが何なのか、僕も気になります」
「そうなんです! こんなの初めてで」
上から別にソースがかかっているカツサンドなんて見たことがない。
しかも、ゴロゴロとしたお肉付き。ビーフシチューでも間違えてかけちゃったんじゃないかって思うほどの豪華仕様だ。
「お嬢さまの感想が楽しみですね」
ふっと微笑むネクターさんは、よほど楽しみなのか、ハンバーグを食べる手を止めてこちらに視線を送る。
あんまり見られていると恥ずかしいんだけど……。かといって、もうこれ以上我慢もできない。
私は仕方がない、とカツサンドにナイフを入れる。
中にカツが入っているとは思えないほどスッとナイフが通って、思わず「わっ⁉」と声が出てしまう。
カツよりも、周りの食パンの方が硬さを感じるくらいだ。
切ったパンの断面からは、肉汁がたらぁっとあふれ出る。
かけられていたソースの上に脂の膜が浮かび上がって、その見た目はもはやテロに近い。
無差別に人を殺せるカツサンド、ここに爆誕!
「……お、おいしそう……」
ゴクン。自然と口の中にあふれた唾を飲み込んで、私はカツサンドの欠片をソースにくぐらせた。
せっかくだから、そのままソースに入っているお肉も一緒に突き刺す。こちらもやっぱりやわらかい。
「い、いきます……」
「お願いします」
ネクターさんの熱い視線も、私のフォークの先に注がれている。
私はそれをゆっくりと持ち上げて、テラテラと妖しく光を放つソースたっぷりのカツサンドを口へと運んだ。
ザクッ……。
カツの衣が軽快に音を立てると同時、内側から肉汁があふれる。食パンの耳もあぶられていて、カツと同じくらいのサクサク感。
対照的に、ソースに入っていたゴロゴロのお肉は噛まずとも溶けてしまうくらいのやわらかさだった。
しかも、牛肉よりも臭みや癖がなくて食べやすい。
はっ……! まさか、これがエアレー⁉
お肉の旨味が口いっぱいに広がって、カツとはまた一味違うお肉の深い大味を感じる。
濃厚なデミグラスソースと煮込まれたお肉、それにカツの組み合わせが最高!
引き立つ食パンの甘みもこれまた絶妙なハーモニーを生み出している。
「最高すぎます……幸せです……」
私、やっぱりここに就職します。
貿易業を継ぐのは、それからでも遅くないですよね?
「……お嬢さま、お顔が溶けていらっしゃいますよ」
「これは溶けちゃいますよぉ~。私、生まれ変わったらカツサンドになります……」
「はぁ……?」
「カツはすっごくサクサク、内側のお肉はジューシーで食べ応え抜群! ソースはビーフシチューなんじゃないかって思えるほど濃厚で、お肉もとろっとろだし……」
思いつく限り良いところを挙げてみるけど、きりがない。
ボリュームもあるのに不思議なくらいに食べられる。
特にデミグラスソースは悪魔的だ。凝縮された旨味と複雑に絡みあう酸味や甘みに加え、ほのかに香るワインの香りがよりソースの味を深めている。
この奥行きの深さ、ダテじゃない!
カツサンドが忙しい従業員のまかないとして出されている意味が良く分かった。
これは食べなきゃ損だ!
それから、黙々と食べ進め……気付いたらカツサンドは姿を消していた。
満足感と幸福感。その二つがどっと体に押し寄せて、おなかと気持ちが一緒に満たされる。
けれど、お皿には最後の一つ、フルーツサンドがでんと構えていた。
お口直しにも、デザートにも最適な、最後の幻のサンド。見た目も華やかでかわいらしいそれを、食べずに終われる訳がない!
意を決して、私は最後のフルーツサンドへと手を伸ばす。
フルーツの甘酸っぱい香りが鼻を抜けると、つい数瞬前までいっぱいだったはずのおなかがどんどんとスペースをあけていく。
あぁ、これもおいしそう……。っていうか、絶対おいしい!
お野菜同様、きっとこのフルーツもベ・ゲタルの新鮮なものだろう。みずみずしさが見た目にも分かる。
おなかいっぱいのはずなのに!
口の中へ入れた瞬間、カスタードの優しい甘さとオレンの甘酸っぱい果実、バニニのなめらかな口当たりが再び幸福感を運んでくる。
カスタードのとろけるような舌触りとくどすぎない甘みが、バニニの食感や味にもよくあっている。
食べてみると案外もったりしておらず、酸味の強いオレンを使っているからか、後味はさっぱりとしていて、お料理の締めくくりにもぴったりだ。
「この甘酸っぱさが絶妙です……! カスタードもくどくないし、ほっこりしますね! パンもふわふわで……! 本当に最高でした!」
個性豊かな四種類を食べ終わるころには、すっかりおなかもいっぱいになっていた。
実際、かなりの量を食べたと思うんだけど、まったくそんな感じがしない。
従業員さん達はこれを食べて、この後のお仕事も頑張るのだろう。
「後でオリビアさんに会えたら、絶対お礼を言わなくちゃ」
「そうですね。まだ閉園まで時間がありますから、まだ見ていないところを見て回りましょうか」
「はい!」
お昼からの予定を立てた私たちは、大満足でレストランを後にした。




