73.お目見え! 幻のサンド(1)
「お待たせしましたモン。ごちら、本日のおすすめランチと、幻のサンドがや」
私の前に置かれたのは、サンドイッチと言うには豪華すぎるような素晴らしい一皿だった。
「ふぉぉ……」
空腹を促す良い香りとおいしそうな見た目に、思わず声が漏れる。
見るからにお野菜がたくさん入ったラップサンドに、ゴロゴロとしたお肉のソースがかかっているカツサンド。さらには、バニニを添えたお肉のサンドに、フルーツサンドまで。
それぞれに趣向を凝らした四種類のサンドイッチが綺麗に盛り付けられている。
「すごいです……! これは、まさに幻です!」
こんなに素敵なサンドイッチのプレートを裏メニューにしているなんて信じられない。
きちんとメニューに載せたら、一番人気になること間違いなしなのに!
「ごちら、数量限定の特別メニューがや。従業員のまかないとしで、初代の料理長ば振舞っだ特別な一品だモン。んだば、通常ばお出し出来ん部分のパンば使っておりますモン。そごはご了承しでほしいがや」
「まかない?」
聞いたことのない単語に首をかしげると、ネクターさんが
「お客さまにはおだしせず、自分たちが食べるために作ったお料理のことですよ。通常はあまりものを使ったりするんです」
と教えてくれた。
なるほど、それで幻なのか!
「全然大丈夫です!」
私がぐっと親指を立てると、給仕さんはペコリと頭を下げた。
「どうりで、使われているパンが一面耳の物なのですね」
「一面耳?」
「食パンの一番端の部分のことですよ。側面が全て耳になっているでしょう?」
「あ、ほんとだ! サンドイッチといえば、普通は両面ふわふわの面を使いますもんね!」
ネクターさんに言われて気づいた。
お野菜を巻いているラップサンドはともかく、それ以外のサンドイッチは全て片面が耳になっている。
でも、その耳にちょっとした焦げ目がついているのもまたおいしそうに見えて良い!
私たちの会話がひと段落すると、給仕さんが「続いて」とネクターさんのランチを説明してくださった。
ネクターさんのプレートのメインは、先ほどみたエアレーのお肉を使ったハンバーグらしい。
くぅ……! それもおいしそう!
「では……我らの未来に幸あらんことを」
ネクターさんの合図にあわせて、私もしっかりと食前のお祈りを捧げる。
ベ・ゲタルの豊かな食文化に感謝!
ネクターさんと一緒にスープに口をつけてから、早速メインである幻のサンドへと手を伸ばす。
まずは野菜がたくさんまかれたラップサンドから……。
薄切りにされたパンでくるりと包まれた野菜たちは、ピカピカと色鮮やかに輝いて見える。どれも、園内で育てられたものかもしれない。いかにも新鮮そうだ。鼻を近づけると、野菜特有の緑の香りがする。
ぱくっ。
一口かぶりつけば、ラップサンドはシャキッと爽やかな音を立てた。
野菜を包む堅めのパンが、野菜の歯ごたえを引き立てる。
「んんぅ~~~! お野菜がみずみずしくておいしいです! 周りのパンもそうだけど、自然な甘みがあるし……。ドレッシングもさっぱりしてておいしい!」
「おそらくですが、そのパンはコーンから出来たものかと」
「コーン⁉」
ネクターさんは、エアレーのハンバーグを綺麗に切り分けてナイフを脇へ置く。
「トルティーヤといいます」
トルティーヤ……? 聞いたことあるような、ないような……。
私が首をかしげていると、ネクターさんが補足してくれる。
「シュテープではあまり一般的ではありませんし、僕もお屋敷では出したことがないので、もしかしたらお嬢さまはお食べになられたことがないかもしれません」
「そうだったんだ! おいしいです、野菜のシャキシャキ感と相まって、食感も良い感じだし!」
シュテープで一般的な普通のパンだとやわらかすぎて、野菜のシャキシャキ感とはマッチしなかったかもしれない。
「こんなに素敵なサンドイッチが食べられるなんて……。従業員さんがうらやましいです!」
まだ一つ目だと言うのに、すごい満足感だ。これを食べたら、まだまだいっぱい頑張って働くぞ、と思えるに違いない!
「次はどれにしよっかなぁ……」
うぅん、とひとしきり迷って、私はバニニが添えられたお肉のサンドをチョイスする。
カツサンドはザ・メイン! って感じだし、前にネクターさんが「味の濃いものは後で食べたほうがおいしい」と教えてくれたから。
バニニがついているから甘そうに見えるけど、中に入っているのはお肉だ。
これもどんな味がするのか気になる。
ごくり。
唾を飲み込んで、私はゆっくりと口へ運ぶ。
サンドの上に添えられたバニニを落とさないよう慎重にかぶりつくと――
「ん⁉」
じゅわっと口いっぱいにあふれる肉汁と、ガツンと食欲を刺激するガーリック。
口当たり滑らかなバニニが、最後に塩気をまろやかに仕立て上げて、今までに食べたことのない不思議な味わいだ。
「ネクターさん! これ! すごいです! 甘じょっぱくて、止まらないです!」
なんとも絶妙なバランス!
スパイスや塩気が勝っても、バニニの甘みが勝ってもくどい味になってしまうだろうに、どちらともつかない甘じょっぱさが余韻となってもう一度食べたいと思わせるのだ。
よく味わえば、お肉とお野菜の間に絡むソースもほんのりと甘いバニニの味がする。
カスタードソースのように見えるけれど、どうやらこれはバニニソースみたい。
「なるほど、そちらはバニニサンドでしたか」
「有名なんですか?」
「ベ・ゲタルの伝統的な家庭料理の一つだと聞いたことがあります。バナードをバニニソースでソテーにするんですが、その際にたくさんのスパイスを使うんだそうです」
どんなスパイスを使うかでその家庭の味が決まるんだ、とネクターさんが教えてくれた。
シナモンを使って、甘いお菓子のようなサンドにすることもあるらしい。
さっき見たバナードも、まさか食べられるとは思わなかった! 嬉しい誤算だ!
「本当に最高です……! 私、ここで働きたいです!」
「……貿易業を継がれるのでは?」
「そうなんですけどぉ! こんなのが毎日食べられるなんて、やっぱりうらやましいです!」
お屋敷に帰ったら、ネクターさんにもまかないを作ってもらおう。
私は内心でひっそりとそんな野望を抱いて、いよいよメインのカツサンドへと手を伸ばした。




