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72.お姉さんの裏情報

 あろうことか、バスは一時間ほど園内をゆっくりと回った後、レストランの前で私たちを下ろした。

 エアレーの伏線回収までばっちりだなんて! すごい国立公園だ……!


 時間もちょうどお昼時。

 レストランから漂ってくる良い香りに、一緒のバスに乗っていた人たちがどんどんとレストランへ吸い込まれていく。


 かくいう私もその一人で、ふらふらとレストランのメニューの方へと歩いていると

「ねぇ!」

 後ろからお姉さんの声に呼び止められた。


「アンタ、昨日の子だば⁉」

「あ!」


 そうだ、さっき「また後で」って約束したんだった! 危ない危ない。

 私は気を取り直して振り返る。お姉さんはちょうど最後のお客さんを見送ったところだったみたいで、こちらにひらひらと大きく手を振っていた。


「まだ会えて嬉しいモン! ここで会えるとは思わんかったがや」

「こちらこそ! お姉さん、バスガイドさんだったんですね!」

「あはは、そんな大層なもんじゃねえモン! アンタ、シュテープから来だの?」

「そうです!」

「やっぱり? シュテープ(なま)りだば、わがりやすがろうモン」


 お姉さんはニコニコとうなずいて、「自己紹介がまだだったがや」とバスガイドさんの名刺を取り出した。


「……サン・オリビア、さん!」

「シュテープとちげえで、ベ・ゲタルではオリビアが名前だば。オリビアって呼んでほしいモン」

「オリビアさん!」


 名前を呼ぶと、オリビアさんは良くできましたと言わんばかりに私の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 人懐っこくて親しみやすい彼女の性格は、まさにガイドさんにぴったりだ。


「私はフラン・テオブロマです! それから、こちらがネクターさん!」

「ネクター・アンブロシアです、初めまして」

「うんうん。よろずく!」


 最初は訝しむようにオリビアさんを見ていたネクターさんも、屈託のない笑顔を向ける彼女にぶんぶんと軽く握手され、少し警戒をほどいたようだ。

「お嬢さまと同じ匂いを感じます……」

 小さくそう呟く程度には、何かを感じ取ったらしい。


「っと……もしかしで、ウチばお邪魔虫やね?」

「オリビアさんは虫じゃないです!」

「お嬢さま、そういう意味ではないかと……」

 ネクターさんのツッコミが即座に飛んできて、オリビアさんがぷっと吹き出す。


「あはは! ごめんごめん、アンタら面白いモン! 家族? 夫婦?」

「お仕事パートナーです!」

「仕事ばパートナー?」

「運転手さんとバスガイドさんみたいな感じです!」


 オリビアさんは不思議そうに首をかしげていたけれど、「まぁ、ええわ」と笑う。

 あんまり難しく考えるのは好きじゃないみたいだ。あっけらかんと気にした様子もなく、「ほいだば」と口を開く。


「どっちにしでも、こうしで会えだば何がのご縁! 二人はレストランば行くモン?」

「えぇ。ちょうど十五分後くらいに予約を……」


 ネクターさんの答えに、オリビアさんはパチンと両手を打った。

「んだば、お姉さんがうめえメニューを教えたげるがや!」

 そのまま私をクイクイと手招きして、耳を貸せ、とジェスチャーする。


「何がおいしいんですか⁉」

 うずうず。私が耐え切れずに聞くと、

「実はこごのレストランば、裏メニューがあるモン」

 オリビアさんはそっとささやいて、それからにんまりと目を細めた。


「知る人ぞ知る数量限定メニューだば、あんまり他には言いふらしだらあがんモン。内緒にしでぐれる?」

「もちろんです!」


「んだば、特別に……。()()サンドってのを頼んでみるがや」

「幻のサンド?」

「うん。普通のサンドばメニューにもあるがや。間違えずに、幻のってつけるんよ?」

「分かりました!」


 幻の、サンド。幻のサンド……。

 間違えないように心の中で繰り返す。

 オリビアさんはにっこりと笑みを浮かべて、もう一度私の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「んだば、ウチはそろぞろ仕事に戻らなんだば、こごでお別れがや! もし良げりゃあ、帰りに観光案内所に寄ってほしいモン」

「観光案内所?」

「土産屋の隣にあった建物ですね。何かあるのですか?」

「二人に紹介しだいイベントばあるがや! 宣伝よ!」


 ネクターさんがチラとこちらを窺うので「もちろん、行きましょう!」とうなずく。

「ありがとう! 毎年大盛り上がりのイベントだば、いろんな人に楽しんでほしいモン! ウチがおらんだば、近くの人に声でもかけでくれりゃあええモンで。よろずくね!」


「オリビア! そろそろ行ぐで!」

「はーい! んだば、二人ども、いっぱい楽しんで!」


 オリビアさんを呼ぶバス運転手さんの声で、彼女は大きく手を挙げると、そのままバスの方へとかけていく。

 ポニーテールにまとめられた黒髪が左右に揺れる様子は楽しげだ。


「……なんだか、嵐のような方でしたね」

「裏メニューまで教えてもらったし、超良い人です! イベントのことも教えてくれて!」

「これもお嬢さまのお力ですね」

「何もしてないですよ?」

「人をひきつける力をお持ちなのでしょう。奥さまや旦那さまのように」


 いまいちピンとこないけれど、もしも本当にそんな力があるなら嬉しい。

 素直に喜ぶと、ネクターさんは「付き人からすれば、もう少し警戒していただきたいところですが」と苦笑した。


「少し早いですが、レストランへ行きましょうか。裏メニューとやらも気になりますし」

「はい!」


 ネクターさんに続いて、私もレストランへと向かう。

 レストランの扉を開けた瞬間、背後でブロロロ……とバスが走り去る音が聞こえた。



 *



 席に案内された私たちにメニューが渡される。

 ネクターさんは例のごとく少し眺めたかと思えば「決まりました」とメニューを閉じた。

 いつもは悩んでいる私も、今回はすでに何を頼むか決めている。


 一応念のため、とメニューを開いたけれど、オリビアさんの言う『幻のサンド』はやっぱりメニューには書かれていない。疑っていた訳じゃないけど、本当に裏メニューらしい。


 やがて、給仕さんがお水をテーブルの上に持ってきてくださった。

「ご注文は?」

「幻のサンドをお願いします!」

 私の注文に、給仕さんは少しだけ目を丸くした後「かしこまりました」とにっこり微笑んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに嵐のような方でしたね。しかしやかましいだけではなく、こちらに良い印象を残してくれるタイプの、良い人じゃないですかオリビアさんッ! いつ行っても歓迎してくれるタイプっぽいので、お友達も…
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