71.国立公園を楽しもう!(3)
バナードのさえずりを楽しみつつ、他の植物も見て回る。
オレンやパインなどの果物もあれば、香辛料の木もたくさん生えていて、私もネクターさんも終始テンションは上がりっ放しだ。
「ネクターさん、これ、ペッパーなんですって!」
「あぁ、あそこに実がなってますね。ほら、その葉の間に」
「ほんとだ! っていうか、元々は緑色なんですね⁉」
スパイスの王様ペッパーのすぐそばにはクミンがたくさん自生しているし、かと思えば、ジャングルの中で異彩を放つ人工の建築物――ペパーミントや野菜、果物を育てている温室が並んでいる。
普段は冷静なネクターさんも
「あれはターメリック……あっちは……」
と周囲を見渡しては、その視線をせわしなくさまよわせるくらい、とにかくたくさんの植物にあふれていた。
シュテープでも栽培されているものもたくさんあるんだろうけど、それ以上に見たことのない珍しい植物だらけ。
ガイドには載っていない植物を写真に撮りながら進めば、長い道のりも全く苦にならない。
私たちが足を止めたのは、結局一時間近く園内を歩いてからのこと。
ジャングルバスの停車場について、バスを待つために久しぶりの休憩をはさむ。
「すみません。僕としたことが……我を忘れて歩きすぎてしまいました。お嬢さま、疲れてなどいませんか?」
「はい! 私も色々見てたらあっという間で!」
バスが来るまでの間、撮った写真をネクターさんに見せながら時間をつぶす。
目をキラキラとさせているネクターさんの写真が出てきた時には、当の本人もだんまりを決め込んでしまったけれど。
次第にバスを待つ人たちも増えてきて、なんとなくバス停が賑やかになってきたころ、ちょうどジャングルバスが見えた。
「わぁ! かわいい!」
シマウマ柄をしているバスもついでに写真へとおさめておく。
「何名様?」
「大人二人で……あれ?」
早速乗り込もうとチケットを差し出すと、そこには見たことのある顔が。
「……お姉さん!」
「アンタ、昨日の!」
お姉さんも覚えてくれていたのか、私の顔を見て目をぱちぱちとまたたかせた。
ガバッ!
二人どちらともなく腕を回して抱き合う。
「ウレシイ! また会いたいだば、思ってたモン!」
「私もです!」
キャイキャイとはしゃいでいると、後ろからネクターさんの咳払いが聞こえる。
「あ、ごめんなさい! お姉さんとまた会えると思ってなくて」
「ウチも! 後で時間あるがや?」
「あります!」
「じゃ、後で!」
言葉はやっぱり完璧には理解できないけれど、お姉さんがかなり簡単な言葉で話してくれているおかげで、なんとなくは分かる。
慌ててお別れをして空いている席へと座ると、ネクターさんがため息を吐きながら隣に腰かけた。
「……お嬢さまの豪運には驚かされてばかりです」
「私もびっくりしました! 昨日一緒にダンスしてくれたお姉さんですよ!」
「えぇ。覚えておりますよ。おかげで服も買えましたから」
「えぇ~……みなさま、ようこぞ、ベ・ゲタル国立公園へ!」
私たちの会話が途切れたところで、キィンッとスピーカーを通してマイクの音がバスに響いた。
どうやらお姉さんは、このジャングルバスのバスガイドさん的な役割らしい。
マイクを片手に、にっこりと美しい笑みを浮かべる。クレアさんはかわいい系お姉さんだったけど、あのお姉さんは綺麗系お姉さまって感じだ。
ほどよい小麦色の肌に、ポニーテールにした黒い髪、派手めのお化粧がとってもおしゃれだ。
いかにもベ・ゲタルって感じの人!
「このバスば、園内を一時間かげで回るモンで、途中下車する時はウチにゆうでくださいね! どこでも降ろせるだば、気にせんでええモン」
お姉さんは、バスガイドさんということもあってか、標準的なクィジン語に近い発音で話してくれた。おかげで、私でもなんとなくわかる。
「んだば、運がよげらぁ、たっくさんの動物が見られるモン。ただ、動物ば気まぐれがや。出てこんだども、落ち込まんでね」
動物が見られるかどうかは運しだい、ということらしい。
お姉さんは、がっかりさせないように気を遣ってくれているのか、今日は雨も降っていないし涼しいからたくさんいるはずだけど、と付け加える。
「あ!」
しばらくすると、お姉さんの言う通り、園内の森を駆け抜けていくシカの姿が見えた。
お姉さんの解説もあって、ウサギや大きな鳥、ヤギなどの姿も見つかる。
「ここがらが本番だモンで、目を離さんでほしいがや」
お姉さんの言葉と同時、バスは熱帯雨林に流れる大きな川の上を渡っていく。川の方を見ていると、何やら大きな角をもった牛が大群で現れた。
「出だねぇ! あれがエアレーだモン。この国ではよくみる牛の仲間がや。黒い毛、長い角、カバのサイズっていうのがエアレーの最大の特徴だモン」
確かに、目の前で群れをなしてこちらを見ているエアレーはかなり大きい。
大群で襲われたら、間違いなく私たちは死んじゃう。
でも……。
「エアレー、おいしいんですかね……」
「お嬢さまならそうおっしゃると思いましたよ」
呟いた言葉が聞こえていたらしい。隣でネクターさんが肩をすくめる。
「珍しくてつい! 牛の仲間っていうくらいだから、食べられるのかな、と」
「おいしかったと記憶しておりますが……ずいぶんと前に……それこそ、テオブロマに拾っていただいてすぐのころにしか食べた記憶がありませんので」
「ちょっど、そごのおふたりさん! エアレーちゃんを目の前にそげな話ばせんでほしいがや! 全部聞こえてるモン!」
お姉さんのツッコミが飛んできて、バスが笑いに包まれる。
「ま、でも」
お姉さんは一拍置いて、にんまりと笑う。
「エアレーがうめぇば本当がや! ベ・ゲタルに来で、エアレーを食べねえなんで大損だモン。レストランで食べで帰っでちょうだい!」
さすがはバスガイドさん。
これで国立公園のレストランもいっぱいになること間違いなしだ。宣伝が上手!
「ネクターさん!」
「……お嬢さまの言いたいことが、分かるようになってきましたよ」
「まだ何も言ってません!」
私がツンと口をとがらせると、ネクターさんはクツクツと笑って
「食べ過ぎないようにしてくださいね」
と大人な対応をするばかりだった。