70.国立公園を楽しもう!(2)
滝が流れている大きな岩の下が洞窟になっているらしかった。
ひんやりとした空気が漂う、少し暗くて狭い砂利道を行く。自然に出来た地形だから、天井も低い。ネクターさんはちょっと窮屈そうだ。
「ここがちょうど真裏ですね」
少し開けた場所で、ネクターさんが体勢をもとに戻して伸びをする。
首をぐるりと九十度回せば、水のカーテンがそこには広がっていた。
「ほわぁ……すごいです! 綺麗だし、なんだか神秘的です……」
滝なんて正面からしか見たことがないから、裏側から見るのは不思議な感じだ。
「ここと向こう側で、まったく違う世界みたいです!」
ネクターさんも同じようなことを考えていたのか、頭上の岩から落ちてくる滝をぼんやりと見つめながらもうなずいた。
「自然のすごさに圧倒されてしまいますね」
「シュテープだと、あんまりこういう場所ってないから余計にすごく感じちゃいます」
「夜はライトアップもされるそうですよ」
「へぇ! 絶対綺麗ですね! デートスポットです!」
「あぁ、そうだ。お嬢さま、お写真は撮らなくてもよいのですか?」
そうだった!
ネクターさんにお写真をお願いすると、暗い中なのにすごく上手に撮ってくれた。
お返しに、と内緒でネクターさんを撮る。
ネクターさん、やっぱりびっくりするくらい絵になるな。
滝の裏側にいるという特殊な環境がより現実味を薄めているのかもしれない。
岩で頭上の光が遮られているのに、水のカーテンを通り抜けた外光がぼんやりと側面から差し込んでいて、それがまた独特な空間を演出している気がする。
「ずっとここにいたいです!」
「ずっとはちょっと……。まだまだ見たいエリアもたくさんあったのでは?」
「はっ……! そうでした! 危うくウンディーネに連れ去られるところでした!」
「ここになら、水の精霊もいそうですね」
私の冗談にフッと笑みを浮かべたネクターさん。
「お嬢さまが連れ去られてしまっては、僕が困りますから」
天然無自覚イケメンが付け加えた言葉は効果抜群で、私は大人しく従う以外になかった。
滝を後にして、元来た道へと戻る。
次に向かう先は、本来の目的地だった香辛料やお野菜、果物など、食べられる植物をまとめて育てているエリア。
「ベ・ゲタルって香辛料が有名なんですね」
「昔から、色々なスパイスを使って料理をすることで有名ですよ。旅の間で存分に味わえるかと」
「へぇ! すっごく楽しみです! あ、でも私、あんまり辛いのは食べられないです!」
「香辛料と一口に言っても、辛いものばかりではありませんから、大丈夫だと思いますよ。不安でしたら、お店の方に聞いてみましょう」
「お昼はここで食べるんですよね?」
「はい。国立公園内のレストランを予約しております。かなり評判も良いみたいですし」
「ほぇぇ! 楽しみがいっぱいです!」
*
「そろそろですかね」
地図と道を見比べていたネクターさんが声を上げたのは、しばらく歩いてからのこと。
体感的には、滝から二、三十分は歩いていた気がする。体もしっかりあったまった。
クンクンとスパイスの香りをたどろうとしたら、ネクターさんが笑いをかみ殺す。
「さすがに分からないですよ」
笑うのは失礼だと思ったんだろうけど、相殺しきれていない。
「お嬢さまの足元に生えているその植物も、おそらくスパイスですし」
「ほえ⁉」
危うく踏むところだった。慌てて足を上げる。
「お嬢さま、上にも」
「え? ……あ、バニニだ!」
ネクターさんの視線の先を追いかけると、そこには見知った果物が。
色も形も三日月そのもの。
よく市場なんかで見かけるバニニより少しだけ小さく見えるから、きっとまだ成長途中なのだろう。
「小さいころ、バニニばっかり食べてて怒られたんですよねぇ……」
「そういえばお嬢さまは、小さいころからお好きでしたね」
「だって、皮むくだけで食べれるし! 甘くてやわらかいし! そもそも! あんなの食べてって言ってるようなものじゃないですか!」
人に食べてもらうために生まれてきたんじゃないかって思うくらい優秀な果物だと思う。
バニニのチョコレートがけとか、好きだったなぁ……。
パンケーキとかクレープにもついてたりして、シュテープでもお馴染みの果物だ。
「あ、でも! よく見かけるのに、こうやって木になってるところを見るのは初めてです!」
「シュテープではほとんど栽培されていませんからね」
「ほえぇ! いっぱい見かけるから、シュテープでも作ってるのかと思ってました!」
「あたたかいところでしか育たないので、シュテープのように寒い時期があると生育が難しいんですよ」
ネクターさんの解説を聞きながらバニニの木を眺めていると、突如、チチチチ……と大きな鳴き声がする。
「うわぁ! 鳥だ……!」
群れで飛んできた鳥たちは、バニニの上で一休みすることにしたみたい。
シュテープではまず見かけない鮮やかな黄色の体のせいで、あっという間にバニニか鳥か見分けがつかなくなってしまった。
「バニニに擬態する鳥ですか。面白いですね」
「バナードっていうらしいです!」
地図と一緒に手渡された観光ガイドをパラパラとめくれば、かわいらしい黄色の鳥の写真が掲載されていた。
「えぇっと……ベ・ゲタル全域に生息する鳥です。バニニを主食とし、食事中に他の生物から身を守るため、バニニに擬態出来るように羽の色が黄色くなったとされています……へぇ! すごいです! 賢いです!」
説明文を読んで感心していたのもつかの間。
次の行へと視線を移すと。
「ただし、バニニに擬態するため、バナード自身が互いをバニニと間違えて……共食いを始めることもあります⁉」
「……今のは、聞かなかったことにしましょう」
私たちは頭上のバニニとバナードを見比べて、思わず眉を下げる。
うん、私たち、何も知らない。バナード、かわいい。バニニ、おいしい。
「あ、でも待ってください、ネクターさん! ほら、ここ! バナードは、バニニを主食としているためか身が濃厚で甘く、ベ・ゲタルではバニニを使った家庭料理が数多く存在します! だって!」
最後の文章を読んで、私たちは再び頭上を見上げる。
うん。バナードも、おいしそう。バニニみたいなものだし。
うむうむ、とうなずいていると、隣からネクターさんの呆れたような視線が突き刺さっているような気がした。




