7.ときめく町の夜市へ!
バスに乗れたおかげで、国都の中心部についたのはちょうど夕暮れ時だった。
買い物客やお仕事帰りの人たちで町は活気づいている。
「お嬢ちゃん! 今日は良い肉が入ってるよ! 一つどうだい?」
「そこのお兄さん! 料理人だろ? 手に取って見ていっておくれ」
「うちのもうまいよ! それに安い!」
あちらこちらからかけられる声に目をキラキラとさせていると
「お嬢さま」
とため息交じりに名前を呼ばれた。
「まずは宿を。ご飯は、どこかレストランでも探しましょう」
「でも、どれもおいしそうですよ! ちょっとくらい……」
「先ほどフリットーをいただいたばかりではありませんか。夜ご飯に差し支えます」
「大丈夫ですよぉ! ちゃんと食べますから!」
「とにかく! 後で、です!」
果物のチョコレートがけの屋台にクレープ屋、ユニコーンの串焼きの露店など。
おいしそうな香りがごったがえす市場を「後で」なんて!
でも、料理長もさすがに譲る気はないみたい。くそぅ。
「絶対に! 後で! 行きましょうね‼」
「先に! 宿へ行きましょう!」
「約束ですよ!」
「分かりましたから!」
キャッチボールというよりも、ドッジボールに近い会話。
料理長になかば引きずられる形で、私はずりずりと市場を通り過ぎたのだった。
*
宿は意外と空きがなく、結局、私たちは一緒の部屋で夜を明かすことで決着をつけた。
料理長は何やらブツブツと言い訳を並べ立てていたけれど、別に、使用人とお嬢さまの関係なら同じ部屋でも問題ないでしょ。
それよりも!
「市場に行きましょう!」
私にとっては、そっちの方が何万倍も大事なのだ!
「お嬢さま、急がなくても大丈夫ですよ。あの市場は夜になってからが本番といいますか」
「そうなんですか?」
「えぇ。夜市と言って、夜になると、市場にある露店の店先にイスやテーブルが並べられるんです。そこで、お酒やちょっとした料理が楽しめるんですよ」
だから料理長は、「後で」と言ったのか。ようやく合点がいった。
なんだ、料理長。なんだかんだいきたかったんじゃない。しかも、夜市の方に!
「それじゃ、今日の夜ご飯は夜市で食べましょう!」
「レストランもありますよ?」
「せっかくここまで来たんですから! どうせなら、普段おうちで食べられないようなものが食べたいです!」
「……ですが」
「料理長は、夜市のご飯が嫌なんですか?」
「そういう訳ではありませんが……、テオブロマ家のお嬢さまを夜市になんて」
どうやら、料理長は体面を気にしているらしい。
きっと、お母さまやお父さまに叱られるって思ってるんだ。料理長、超ネガティブだし。
ならば、と私はとっておきの切り札をきる。持っているものを最大限有効活用するのは商売の基本だ!
「お母さまが、いろんなものを見て、経験して、勉強しなさいっておっしゃってたんですよ!」
おまけにとびきりの笑顔つき。
怒られても、料理長のせいじゃないって守りますから!
料理長は少しの間黙り込んで、じっと私を見つめる。
あんまりイケメンに見つめ続けられるなんて経験をしたことがないから、ちょっと恥ずかしい。私が惚れっぽい女の子だったらガチ恋カウントダウン待ったなしだった。
「……分かりました。お嬢さまのおっしゃる通りですね。料理とは、古くからその土地に根付くもの。そして、今の土地柄を表すものです。料理を通じて文化や歴史も学ぶと考えれば、これも立派な勉強になるということで……」
「もう! そんな難しいことは言わずに、早く行きましょう! おいしければそれでよし! ですよ!」
「ですが、お嬢さま……」
「たくさんおいしいもの食べましょうね!」
「たくさんって、そんなには食べられませんよ」
「じゃあ、おなかいっぱいになるまでは食べましょう!」
「……お嬢さまのそういう考え方は、少しうらやましいです」
「うらやましい、ですか?」
私が首をかしげると、料理長は「気にしないでください」と大人の対応。
結局、料理長が私をうらやましがった理由はよく分からなかった。
*
夕暮れ時とは違う喧騒が、夜の市場にはあふれている。
いろんな色のランプが露店の先にぶら下がっていて、とっても華やかだ。
お酒を飲み交わす人たち。露店の先に立ち込める香り。お肉の焼ける音。
「うわぁっ……!」
どこもかしこも美味しそうなものばかり。思わずよだれが出そうになる。
「お嬢ちゃん、いらっしゃい! そっちのお兄ちゃんと一緒かい? 良かったら食べってってよ!」
早速、お店のおじさんから声をかけられる。
どうやら、私たちは目立つみたい。
「はい! おすすめは何ですか!」
「お酒が好きなら、チーズのフライ。がっつり食べたいなら、コカトリスの煮込みなんてどうだい」
「はわぁ! どっちも最高に素敵です! 決めました! それを一つずつと、お酒は……」
料理長に確認すると
「……一つでお願いします。僕はオレンを一つ」
と丁重にお断りされてしまった。
好きなところに座ってくれれば良い、と促され、私たちはお店のすぐそばにあったテーブルを陣取る。
がやがやとした周りの声は楽し気で、市場を行く人たちの足取りは軽い。
ここには、お母さまたちとお買い物に来たこともあったはず。
夜はこんな風になるなんて知らなかった。全然雰囲気が違う。
「はい、お待ち」
ドン、と置かれたグラスには、なみなみに注がれた麦酒。
大きなグラスの上面にこんもりと泡が立っていて、泡の下には黄金色の液体。パチパチとはじける泡がお星さまみたい。
「初めて飲みます!」
今日のお誕生日パーティにはなかったけれど、お父さまが「一杯目はやっぱりこれだよ」とよく言っていて気になっていたのだ。
ここで飲めるなんて。
「独特の苦みがありますから、苦手だったら遠慮なく言ってください」
料理長は赤みがかったオレンのジュースを持ち上げて「では」と笑う。
「我らの未来に幸あらんことを」
ガチャン、とぶつかるグラスの音はいつもよりも派手で。
私たちはともにグイッと一杯。幸せを口へと運んだ。