69.国立公園を楽しもう!(1)
ネクターさんとお腹いっぱいになるまでフルーツサラダを楽しんだ翌朝。
私たちは、ベ・ゲタル国立公園へと向かって車を走らせていた。
「ふぉぉ! もうすでにすごいです! ジャングルって感じで!」
街をいくつか過ぎたあたりから舗装された道も減ってきて、うっそうと生い茂る木々や細く蛇行した川、大きなため池など……いかにも熱帯雨林な風景が現れた。
「ちょっと蒸し暑いけど、風が気持ち良くて最高ですね!」
「えぇ。後は天気がもってくれると良いのですが……」
木々の隙間から時折見えるのは灰色の空。
乾期とはいえ、もともと雨の多い国だ。しかも、国立公園の辺りは特に天気が変わりやすいらしい。乾期でもスコールのような大雨に見舞われることもあるんだとか。
「雨具も持ってきましたし、雨でもきっと楽しいですよ!」
「そうですね。国立公園の中にもたくさんの建物があるらしいので、あまり酷いようでしたら温室を見て帰ってきましょう」
元々、国立公園は一日で回り切ることの出来ないほど広大であることは予習済み。
温室を見るだけでも、きっと満足しちゃう。だから、雨でも問題はなし。
珍しい動物もいっぱいいるらしくて、とにかく今は到着が楽しみだ!
「ネクターさんは、公園の中でここは見ておきたい! って場所とかあるんですか?」
「香辛料の植物をまとめて育てているエリアと、野菜や果物の温室ですかね。あまり距離も離れていないみたいなので」
さすがは元料理長、抜かりない。もちろん、私も気になっていたので二人の総意として、必ず見て回ることに決定。
「お嬢さまは?」
「私は場所っていうか、ジャングルバスに乗りたいです! 運が良かったら、いろんな動物が見れるって書いてあったから」
「なるほど。それなら雨でも関係ありませんし、いいかもしれませんね」
その他にも、国立公園の中を通っている大きな川を木製の小さな船で渡るクルーズや、大きな滝を裏側から見られるスポット、樹齢千年を超える神聖な大木など。
ネクターさんと交互に楽しみなところを上げていく。
「もうそろそろ着きますね」
「え? あ、ほんとだ! ネクターさん! あそこに赤色の屋根が見えます! あれだぁ!」
一面の緑によく映える赤は、どうやら建物の屋根ではなく、駐車場ゲートの看板だったみたい。
歓迎の文字とお花や動物のマークがかわいい!
「しばらく雨は大丈夫そうですね。先に、外のエリアを見て回りましょうか」
私に続いて車を下りたネクターさんが空を仰ぐ。
「っと……すみません、少しお待ちください」
何かを思い出したように、後部座席側の扉を開けてゴソゴソと作業するネクターさん。
忘れ物かな?
ネクターさんは、パチン、とカバンのボタンを留めて「お待たせしました」と向き直る。
「それでは、参りましょう」
「はい!」
*
チケット売り場で入園券を購入して、私たちはベ・ゲタル国立公園へと足を踏み入れる。
ここへ来るまでの道中と同様、たくさんの緑が出迎えてくれた。
四人分くらいの道幅しかない木製のスロープが、広大な熱帯雨林の奥まで続いていて、なんだか不思議な雰囲気だ。
敷地が広いからか、人も多くはない。
時折すれ違う人たちと道を譲り合いながら、私たちも公園内を進んでいく。
「空気が澄んでる感じがします! 鳥の声とかも聞こえるし、すっごく癒されます~」
スーハー、スーハー。深呼吸を繰り返すと、気分がすっきりする。
深い緑の香り、水の音、鳥のさえずり、風に揺れる木々。それらの全部が体いっぱいにしみ込んでいくみたい!
「香辛料のエリアは……右の道みたいですね」
受付でもらった地図と照らし合わせて、ネクターさんが分かれ道を進んでいく。
自然な地形をそのまま使っているからか公園の敷地は複雑に道が入り組んでいて、地図が迷路みたいだ。
「あ、ネクターさん、先に滝が出てきそうです!」
地図上の道をたどっていくと、その先に滝のイラストが見える。香辛料や食べ物になる植物のエリアへは真っ直ぐだけど、途中を左に曲がれば滝へ行けるみたい。
「先に行きますか?」
「良いんですか⁉」
「えぇ、せっかくですから行ってみましょう」
十五分ほど緑の中を歩いていると、水の音が大きくなっていく。
川のせせらぎとは違う水がたたきつけるような轟音。
「この先ですね」
「ふぉぉ! 行きましょう‼」
「お嬢さま! 走っては危ないですよ‼」
後ろからネクターさんの声が聞こえる。
「大丈夫でっ……ふぉっ⁉」
後ろを振り返ろうとしたところで、足場が濡れていたからか、私の体勢が崩れる。
「お嬢さま!」
後ろから抱きしめられるような形で、体が包まれる。
はぁ、と耳元で吐息が聞こえて、私は反射的に体を離した。
「すすす、すみません! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「いえ……。お怪我はありませんか?」
ネクターさんは、私の姿を上から下まで見据えて、眉を下げる。ひとまず、怪我がないと分かって安心したようだ。
深い息を吐いて、こちらを見つめる。
「ご無事でよかったです。足元が滑りやすいので、気をつけてくださいね」
「はい! ありがとうございます! ごめんなさい!」
ほあああ……心臓止まっちゃうかと思った!
顔が真っ赤になったのを隠すために一生懸命頭を下げる……と、今度はネクターさんが土下座しようとしたから慌てて止める。
「と、とにかく! もう走りません! さ、滝見に行きましょう!」
レッツゴー!
拳を上げて、今度はころばないように歩き出せば、ネクターさんも気を取り直してくれたのか私の隣を歩いてくれた。
分かれ道を曲がる。
「わぁっ!」
水しぶきを肌に感じるほどすぐそばに滝があるとは思わなかった。
幅の広い滝が、ドウドウと音を立てている。
苔むした大きな岩から流れ落ちる水は透き通っていて、滝つぼは美しい翡翠色で……。
「なんだか、絵本みたい!」
走り出したくなっちゃう気持ちをぐっとこらえて、私とネクターさんは滝つぼに一番近いところまでスロープを歩いていく。
もちろん、記念撮影も忘れずに!
「はい、チーズ!」
ネクターさんはいまだ撮られることには慣れてないみたいで、困ったように眉を下げていた。
「あ、あれが滝の裏側に回れる道ですね!」
「行ってみましょうか。足元にお気をつけて」
釘をさすようなネクターさんの声を聞きながら、私は滝の裏側へと足をすすめた。




