68.幸せを噛みしめて、夜
初めて作ったフルーツサラダを取り分けてもらう。
バニビットはともかく、フルーツサラダなんて珍しくないはずなのに、なんだかキラキラして見えた。
「おいしそうです‼」
「自分で作ったものですから、余計にそう感じるのかもしれませんね」
「愛着ってやつですね~! はわぁ……バニビットもおいしそうだし……最高です!」
思わずサラダボウルに頬ずりしてしまいそうになる。
「せっかくですから、お写真を撮られてはいかがです? 旦那さま方も、お嬢さまの作ったお料理を見てみたいのでは?」
ネクターさんはすぐさま立ち上がって部屋の方へ。カードを取りに行ってくれたらしい。
「ありがとうございます!」
戻ってきたネクターさんからカードを受け取って、ありがたくサラダの写真を撮る。
しっかりとフレームに納まったそれは、やっぱり何度見ても輝いて見えた。
「さ、いただきましょう。バニビットも、きっとお嬢さまは気に入ると思います」
「はい!」
ネクターさんに促されるまま、私はフォークを差し込む。
バニビットのやわらかなお肉の感触が手に伝い、続いてパリッと軽い音と共に野菜の感触が伝う。
そっと口元へ運ぶと、オレンの爽やかな香りとお肉のジューシーな香りがした。
「……えい!」
ぱくり。
モグモグ、シャキシャキ……。
みずみずしいお野菜に、しっかりしたドレッシングが合う。何より、そのフレッシュな緑の香りに包まれて、内側からあふれ出すバニビットの旨味がすごい!
濃厚な甘みとコク、バニビットから出た肉汁がドレッシングとさらに絡みあう。
「サラダなのに、こんなにいろんな味が楽しめるなんて……! 満足感がすごいです! バニビットのお肉の甘みがとろけるみたい! ドレッシングの酸味にも合うし、お野菜のシャキシャキした食感とも合うし……」
熟しきっていなくて黄色味がかったオレンの甘酸っぱさも、よりお肉のジューシーさを引き立ててくれている気がする。
それだけじゃない。全体に味をしっかりと引き締めてくれるというか、すっきりまとめあげてくれている。
爽やかな後味も、乾期のベ・ゲタルで過ごす暑い夜にはぴったりだ。
新鮮なお野菜独特の草の香り、オレンの苦みが混ざった大人っぽいドレッシング、バニビットの深い甘み。
そのどれもが複雑に絡み合って、でもシンプルにおいしくて……あっという間にサラダが減っていく。
「真っ赤に熟したオレンも甘くておいしいけど、サラダにはこれくらいでちょうどいいですね!」
「そうですね。以前シュテープでいただいたヴィニフェラの時も、似たような会話をしましたね」
「ほんとだ! 懐かしい!」
まだ一か月と少ししか経っていないなんて信じられない。
ベ・ゲタルに着いてからは、気温のせいか夏に戻ったみたいだから余計に。
「気に入っていただけて良かったです」
「サラダ作り、すっごく楽しかったです! またお料理したいです!」
「お嬢さまなら、きっと良い料理人になれますね」
ネクターさんは、おつまみを口にいれるとそのまま手を止めた。陽が落ちてほとんど何も見えなくなった海の方へと視線を移動させる。
海と空の境界を教えてくれるのは、満天のお星さまだけ。
「……ネクターさん?」
「お嬢さまと一緒にいると、幸せだと思うんです」
「どうしたんですか、急に」
「いえ。ただ、こんなに幸せで良いのだろうか、と。こんなことを言うと、またお嬢さまに叱られてしまいそうですが……」
「叱らないですよ、幸せで良いじゃないですか! 私も、一緒にいるだけで幸せって思ってもらえて嬉しいです!」
「本当に、お嬢さまはすごいお方です」
「ネクターさんこそ」
いつもならここで卑下するであろうネクターさんは、ジュースに口をつけて黙り込む。
ネガティブなことを言わないだけ、ネクターさんも進歩してるのかも……?
彼は、卑下する代わりにゆっくりと幸せを味わうみたいに、ジュースを飲み干した。
「……ネクターさん。また、一緒にお料理しましょうね」
念を押すと、ネクターさんはやっぱり曖昧に笑う。そのまま、はぐらかすように、今度はおつまみを口に入れた。
否定も肯定もしていないのに、やわらかな拒絶を感じる。
そういえば、旅に出てからネクターさんがお料理をするところを見たのはこれが初めてだ。
旅の最中にお料理をする、なんてことの方が珍しいかもしれないけれど。
お屋敷にいた時は毎日厨房に立っていたはず。だからこそ、旅の間くらいは羽を伸ばしたいのだろうか。
さっきだって楽しそうだったし、お料理をすることが嫌いなわけではないと思うけれど。
「お嬢さまのお手を煩わせるわけにはいきませんよ。それに、せっかくの旅ですから。僕の料理ではなく、その土地のお料理を食べる方が良いかと」
「そりゃそうですけど……」
ネクターさんのいまいちな返答に、思わず私は食い下がる。
「でも、たまには手料理が食べたいなーって時とかあるじゃないですか! 私がやりたいって時に、お手伝いをしてくださるだけでいいですから」
お願いします、と頭を下げれば、ネクターさんは慌てふためいた。
「や、やめてください、お嬢さま! 頭を上げてください! 僕の方こそすみません! ただ、やはりお嬢さまに何かあっては心配ですし!」
「危ないことはしないって約束しますから!」
これじゃいつもと立場逆転だ。
私がもう一度しっかり頭を下げると、ネクターさんの方が先に折れてくださった。
「分かりました。ですが、あまり期待はしないでくださいね?」
「ありがとうございます!」
「お嬢さまは、本当にいろんなことに挑戦されて……常に前向きで素晴らしいですね」
「昆虫食はしばらく挑戦出来なさそうですケド」
ちょっとだけしんみりしちゃった空気を明るくするためにも、冗談交じりに肩をすくめる。ネクターさんがようやくフッと笑みをこぼしてくれた。
「見た目はともかく、味はおいしいですよ」
「……そのうち頑張ってみます」
それでネクターさんも、今抱えている『何か』に対して頑張ろうと思ってくれるのなら。
私の姿を見て、彼が幸せだって思えるのなら。
挑戦してみる価値はあるかもしれない。
決意を固めると、言い出しっぺのネクターさんがぎょっとした顔をして「そんなつもりでは!」と例のごとく土下座を決める。
いつものやり取りをすれば、いつしか私たちの間に流れていた空気も元通りになった。




