61.いざ開幕! ロードトリップ
ネクターさんが選んだ車は、四輪駆動のスポーツなんとかって種類のものらしい。
よくわからなかったけれど、とにかく凸凹した道や山道でも安心して走れる車で、ベ・ゲタルでは人気みたい。
四角いボディに大きめのタイヤがかっこいい。なんだかちょっとワイルドな感じだ。
私が好きだと言ったアンバーの色も、タイヤやカーブミラーの黒と相まっておしゃれに見える。ナイスバランス!
「素敵です! これでベ・ゲタルを旅できるなんて最高です!」
「色はいつでも変えられますから、気になるようでしたらおっしゃってください」
「そうなんですか⁉」
外装だけですが、と付け加えて、ネクターさんが助手席の扉を開けてくれる。
ネクターさんの手を借りながら助手席に腰をかけると、ふわっと体を包み込むような浮遊感に思わず声が出た。
「わ!」
「どうかされましたか⁉」
「いえ! 思ってた以上にシートがふかふかで!」
「そうでしたか。ベ・ゲタルでは車での長距離移動が多いですから、車内で快適に過ごせるように、車の改良も進んでいるのでしょう」
私の答えにほっと胸をなでおろすネクターさん。
どうやら相当心配してくれたらしい。相変わらず心配症なんだから。
私がしっかりとシートベルトを締めたことを確認すると、続いてネクターさんも運転席に座った。
さすがはイケメン。こういうワイルドな車も良く似合う。
「シュテープだとあんまり見ない車だから新鮮です!」
どちらかと言えばこぢんまりとした車が多いシュテープとは対極だ。内装も広々としているし、車も頑丈そう。
「そうですね。ベ・ゲタルだからこその車かもしれません。基本的に森の中を走りますし、雨期になると特に道の状態が悪くなるので、こういうしっかりした車が好まれるんだと思いますよ」
今は乾期だから特に心配はないですが、とネクターさんは話しながらも慣れた手つきでエンジンをかける。
そのままナビに目的地を設定したり、エアコンをつけたりと操作した。
まずは宿へ向かうらしい。
ポォンと軽い音が鳴ったかと思うと、どこからか宿の名前が告げられる。
同時に、フロントガラスに様々な表示が浮かび上がった。
「魔法のメガネみたい!」
「同じ技術が使われているのかもしれません。シュテープではここまでの車も珍しいですし、やはり車社会なんですね」
ネクターさんも興味津々と言った様子でフロントガラスを眺める。
表示されている矢印が進行方向なのだろう。速度計や燃料メーターのほかに、時計、目的地の天気など、たくさんの情報が表示されている。
「ラジオをかけても?」
「もちろんです! お願いします!」
ネクターさんがポチポチとハンドルに取り付けられたボタンを操作すると、ザザッと一瞬のノイズの後にラジオの音声が流れる。
聞きなれない音楽が耳をついて、一気に異国の雰囲気が車内を包んだ。
「さ、それでは出発しましょうか。ホテルまでは二時間ほどですが、もし、ご気分が悪くなられましたらすぐにおっしゃってくださいね」
元気よく返事すると、ネクターさんはフッと微笑んで、アクセルを踏んだ。
発進だけは自分でやらなくちゃいけないみたい。突然動きだしたらびっくりしちゃうもんね。
一度ネクターさんがハンドルを切ると、その後は勝手にハンドルが動き出して、車は勝手に動きだす。
トコトコと軽い打楽器の音や、木琴のコロコロした音色、トランペットの陽気な音楽に合わせて車が港を出発する。
目の前に広がる緑へと向かって、一本の長い道をどんどんと進んでいく。
「なんだか映画が始まるみたいです!」
気分はさながらロードムービーだ。ラジオから流れてくる音楽と運転席に座るネクターさんの横顔も相まって余計に。
そうだ!
私はカバンから魔法のカードを取り出して、録画ボタンを押す。
窓越しに駆け抜けていく緑、フロントガラスに映った表示灯、前を見つめるネクターさん。
「お嬢さま、またお写真ですか?」
「録画です! 映画っぽいかなって!」
私が言うと、ネクターさんは一瞬驚いたように目を丸くして、フイと視線を外へ向けた。
「ロードトリップの記録もきっと面白いですよ!」
「僕抜きでお願いします」
ネクターさんはこちらを見ていないのに、器用にもカードの前に手をかざす。それがまた、逆にそういう映画っぽくて良い感じになっていることは黙っておいた。
後でクレアさんに送ってあげよう。
「外の景色も撮っておきたいので、窓を開けても良いですか?」
「えぇ、かまいませんよ。ただ、手や顔を外に出さないように気を付けてくださいね。木が道の方へ飛び出していることもありますから」
「わかりました!」
返事と共に助手席側の窓が開く。
心地の良い空気が車内に流れ込んでくる。秋のシュテープよりも少し暖かくて湿り気を帯びた風は草の香りがした。
「気持ちいいですね!」
自然に出来上がった木のトンネル。差し込む木漏れ日に、どこからともなく聞こえる鳥のさえずり。ラジオから流れる異国の音楽。
それらをカードの中に一つの動画としておさめていく。
道路は昔に作られたままなのか、所々ひび割れていたり、隆起していたりするけれど、その凸凹とした道の感じがまた雰囲気を感じさせる。ガタガタと時折揺れる画面は臨場感マシマシだ。
「旦那さまにお送りになられるんですか?」
「はい! クレアさんにも! あ、エイルさんにも送ろうかな? 海育ちだって言ってたから」
「珍しい景色ですからね。シュテープでは、こうした森の中を車で通ることもありませんし」
ネクターさんも余裕が出てきたのか、乗り始めたころに比べてのんびりと座っているように見えた。
心地よさそうに目を細めて周りの風景を楽しんでいる。
「お嬢さまもお撮りしましょう」
「良いんですか?」
「えぇ。ロードムービーの主人公はお嬢さまですから」
かわいらしいお嬢さまがかっこいいロードムービーの主人公だなんて、素敵じゃないですか。
ネクターさんにそう微笑まれては何も言えず、私は素直にカードを手渡す。
結局、ホテルまでの二時間の道のりは、景色を楽しんだり、映画ごっこをしたりしていたらあっという間に過ぎてしまった。




