60.二つ目の国、ベ・ゲタルへ
「うわぁーっ!」
真っ赤に塗られた大きなコンテナが悠々と船に積み込まれているのが見えて、私は甲板から身を乗り出した。
目の前には大きな港が見える。
港と言っても、シュテープで見た漁港や旅客船が発着する港とは全く違う。
行きかうのは飾り気のない大きな貨物船ばかり。港のあちらこちらにコンテナを積み込むためのクレーンが設置されていて、ゴツゴツとした印象がある。
どうやらベ・ゲタルでは、貨物の輸出入を行う港と旅客船が発着する港を分けていないらしい。
漁船らしきものは見当たらないので、漁港は別にありそうだ。
「なんだかこの無骨な感じが、ベ・ゲタルに到着したって感じでかっこいいです!」
「なるほど。確かに、それは良い表現ですね」
「奥に見えてる森林も壮大だし! すごく楽しみです!」
カラフルなコンテナが並ぶ港の奥は緑一色で、そのコントラストがまた珍しい。
「そろそろ到着しますね。揺れますから、落ちないように気を付けてくださいね」
ネクターさんに促され、私は乗り出していた身を引っ込める。甲板に取り付けられていた手すりをしっかりと握ったところで、ガクン、と大きく船が揺れた。
「着いたーっ!」
ベ・ゲタルの港には看板一つないから分かりにくいけれど、一応写真を撮っておく。
ネクターさんにも写真を撮ってもらって、お母さまたちへ送信したところで、クルーの人から下船の合図があった。
*
「ふぉぉーっ! 近くで見るとおっきいですね!」
「本当ですね。これ一つ一つに、大量の野菜や果物が入っているわけですか……」
港へと降り立った私たちの目の前に現れたのは、やっぱり大きなコンテナの山。
一人暮らし用の小さなお家だと言われても納得しちゃうような大きさに見えるそれらが、三段ほど積み上げられ、等間隔に並べられている様子は圧巻だ。
どこまでもそれが続いているものだから、まるでカラフルなビル群に迷い込んだような気にさせられる。
「確かにこれは迷っちゃいそうです……」
「僕の後をついてきてくだされば大丈夫ですから。まずは車を借りに行きましょう」
ネクターさんはそういうと、カバンからハンドブックを取り出す。
「車?」
「ベ・ゲタルには鉄道がとおってませんからね。基本的に内陸の移動は車なんですよ」
ネクターさんはハンドブックをペラペラとめくって、ガサリと地図を広げる。
路線らしき表示は確かに見当たらない。
「ネクターさん、車も運転出来たんですか?」
「えぇ。実際、屋敷街から国都までの買い出しには車を使用しておりましたので」
「知らなかったです。ネクターさん、本当に何でも出来てすごいです!」
「い、いえ……そんな大層なことでは。最近はほとんどの車が自動運転ですし」
言われてみれば、学園までの送り迎えも送迎の人がついていてくださったけれど、その人が運転をしているところはあまり見たことがない。
何かあった時のために運転をしなくちゃいけなくなるから、免許は必要らしいけれど。
「私もいつか運転してみたいです!」
「お嬢さまが運転される機会は少ないかもしれませんが……そうですね、あって困るものでもないですし……。旅を終えたら挑戦してみてはいかがでしょう」
「その時はネクターさんも教えてくださいね!」
「僕なんかで良いんでしょうか……⁉」
「ネクターさんが良いんです! お屋敷で運転できる人は限られてるでしょうし」
相変わらずのネガティブを発揮したネクターさんだったけれど、私の言葉に納得したらしい。
照れ臭そうにはにかんで、「わかりました」とうなずいてくださった。
「あ、あれですかね」
照れ隠しか、ネクターさんは少し先にある建物を咄嗟に指さした。
立ち並ぶ巨大コンテナの奥に、コンテナではない正真正銘の建物が構えている。
少し歩くと、建物の隣の駐車場が見え……
「レンタカー屋さんだ!」
車がズラリと並んでいる様子が目に飛び込んできた。さすが車社会だ。
その光景に感動していると、「そういえば」とネクターさんが声をかけてくる。
「お嬢さまは、好きな色などございますか?」
「ほえ?」
なんだ、その急な質問!
「す、すみません! その! やましい気持ちがあるわけでは!」
私の訝しい視線が突き刺さったのか、ネクターさんが慌てて頭を下げる。別にそんなつもりじゃなかったから、私も慌ててネクターさんに「違います!」と弁明する。
「いきなりでびっくりしただけです! ほら、今までネクターさんからそういう質問をされることも少なかったですし!」
「すみません……。えぇっと……車種はある程度目星をつけているのですが、色は自由に決められますので。お嬢さまも、一緒に選べる方が楽しいのでは、と……」
ネクターさんがしどろもどろながらに説明してくれた内容は最高の提案で、
「良いんですか⁉」
と思わず大きな声が出てしまった。
まさか、そんな風に言ってもらえるなんて。
車のことは詳しくないから任せよう、と思っていたけれど、ネクターさんの優しさが染みる……。
「超良い人ですよね、ネクターさん」
「いえ! 僕なんかが!」
「なんでそこで土下座しようとするんですか! 本当に嬉しいですから!」
車を選ぶ前から大騒ぎになってしまいそうだ。
なんとかネクターさんの暴走を止めて、元の話題に戻る。
好きな色……。好きな色……。
うぅん、と顔を上げた先。目に止まったネクターさんの姿に「あ」と声が漏れた。
「アンバーが好きです!」
「アンバー?」
「はい!」
私の答えが意外だったのか、ネクターさんはキョトンと首をかしげる。
ネクターさんの瞳の色だよって教えてあげたら、どんな反応をするんだろう。
口に出してみようかと思ったけれど、また土下座されてはたまらない。
黙っていよう、と心に決めた瞬間、
「確かに、お嬢さまの瞳の色にも似ていて綺麗ですね」
当の本人から恐ろしいほどの美しい笑みを向けられて、突然の無自覚な爆弾発言に私は「うっ」と胸を押さえた。
お母さま、お父さま。
罪深きイケメンとの旅路は、まだまだ波乱万丈の予感がします。




