53.三ツ星マチブリを食べ尽くせ!
「おいしそう~っ!」
ツヤツヤの白いご飯にサラダ、魚の身がぎっしりと入っているあら汁。小鉢は二つもついている。タコときゅうりの和え物とひじきだ。
何よりメインの三ツ星マチブリ!
お刺身はどれも大きくて分厚いし、マチブリカツはこんがりと揚がっていて、心なしかキラキラして見える。
「すっごく良い匂い……!」
深呼吸すると、ぶわりと揚げ物の香りや出汁の香りが鼻に直撃する。
よだれが! よだれが出ちゃう‼
今すぐにでも食べてしまいたいくらいだけれど、まずは食前のご挨拶。
しっかりと三ツ星マチブリに感謝。何より、ここへ連れてきてくれたエイルさんへも感謝だ。
「「我らの未来に幸あらんことを」」
エイルさんの大きめの声が重なって、いつもより賑やかな朝食が始まる。
私たちはそれぞれに思い思いのお皿を手に取った。
エイルさんがブリカツで、料理長と私はあら汁だ。
あら汁は器を持ち上げた瞬間からふわりと出汁のよい香りがする。お魚で出汁をとったというだけあって、普通の出汁よりももっと深みがあるような。
そっと口に含むと……。
「ん! ……おいしい……!」
上品な味が舌の上から喉を通って、胃のあたりへじんわりと広がっていくのが分かる。
海のように透き通っていて、けれど深みがあって、自然と胸があたたかくなる優しい味。
「余計なえぐみとか渋みが一切ないです! 飲みやすいのに、一杯でしっかりと満足するような味で。お魚ってこんなに風味があるんですね!」
「フランさん、すごいッスね……」
意気揚々と感想をこぼせば、カツにかぶりついていたエイルさんがびっくりしたようにこちらを見つめる。
料理長も「そうでしょう」と言わんばかりにうなずいていた。
「本当に本当に! すっごくおいしいです!」
「……っ! ……そ、そんなにおいしそうに食べてもらえたら、きっと、魚も喜ぶッスね!」
にぱっと笑みを浮かべると、エイルさんがさっと視線をずらす。彼はそのまま慌てたようにご飯をかき込みながら、サラダをたいらげていった。
私もあら汁からサラダへとお箸を移動させ、小鉢、ご飯と順番に食べていく。
「ついにメインですね」
料理長が一瞬お箸を止める。同じようなスピードで食べ進めていたのか、彼のお皿もマチブリの刺身とカツが残っている。
「すごくおいしいッスよ! ぜひどうぞ!」
さぁ、とエイルさんにも勧められ、私たちは一緒にせーの、とお箸を差し込んだ。
大きくて分厚いマチブリのお刺身をお箸で持ち上げると、なんだかお箸が重たいような気がする。
それほどしっかりと身が詰まっている証拠だろう。
そっと目の前に持ち上げる。
お箸の振動に合わせて切り身がテラテラと輝いて、脂がのっているのがよく分かった。
プリプリしているのが見てわかるなんてすごい……。
ゴクンと唾を飲み込んで、覚悟を決める。
お醤油にくぐらせると、お醤油の上にキラキラと分離した脂の泡が浮かぶ。
いざ、尋常に……えいっ!
「……ん! んぅ~~~~! と、とろける……!」
口の中でお醤油の味が先に広がった。その直後にマチブリの旨味が舌に絡みつく。
お魚の上質な脂は濃厚で、食感はとろけるような滑らかさ。噛む必要がないんじゃないかってくらいやわらかに身がほぐれていく。
「お、おいしい……! お醤油に負けないくらい、すごく味がしっかりしていて! それなのに全然くどくもないし。わぁぁ……甘みが……」
とにかく感想が追い付かない。なんてこった! これがマチブリ……!
飲み込んでしまうのがもったいない。けれど、飲み込まなければ次の一口が食べられない。
うぅ……なんてジレンマ……。
「すごい、すごいです! 本当においしいです! 最初はすごくプリプリしてて、身がぎゅっと詰まっているのが分かったのに、二口目を噛もうとしたらもういなくて! 脂ものっててトロットロだし……」
とにかく顔がゆるんでしまうのが抑えられない。
だらしない顔になっているのは分かっているけれど、私はそれを「えへへ」と軽くごまかす以外に出来ることがない。
おいしい以外の言葉も出てこない。こうなると俄然、マチブリのカツが気になる!
ゆっくりとマチブリのカツへとお箸を進めていく。
マチブリのカツはサクリと軽い音を立てた。
パリパリとお箸でカツを切り分ける。お箸で簡単に切り分けられるほど軽くてやわらかなマチブリの身が、ふわりと湯気を上げて現れた。
「……ふわぁ……」
真っ白の身はほろほろとこぼれるように、金色にあがったカツの中から顔をのぞかせる。
出来る限りこぼさないように、そっとお箸でそれをすくい上げて……えい!
パクリ。
ザクッ、じゅわっ……。
噛みしめた瞬間、やわらかな身からあふれてくる脂がすごい。
揚げられているからなのか、先ほどのお刺身よりも淡泊に感じるけれど、ボリューム感がある。
お刺身以上に分厚い身が繊維になってほどけていく。
「どうですか?」
料理長に尋ねられ、私は相変わらずだらしない笑みのまま感想を述べた。
「カツの衣のザクザク感と、マチブリのホロホロの身と……食感の違いも面白いです! カツなのに、お魚がすっごく優しい味で食べやすいし、たまりません! 淡泊なのにしっかり旨味があって、でも、くどくなくて……」
とにかくおいしい!
その一言に尽きる。というか、それ以上はない!
「完璧です!」
ドヤ顔で私がうなずくと、目の前のエイルさんが笑う。隣で黙々と食べ進めていた料理長もクツクツと笑みをかみ殺した。
「まさか、お嬢さまの語彙力がなくなるなんて。本当に素晴らしいお料理ですね」
「こんなにおいしそうに食べてもらえるなんて、マチブリも喜んでるッスよ! 俺まで鼻が高いッス」
別に何かしてるわけじゃないんスけどね。
エイルさんはそう付け加えて笑うと、再び残っているおかずに手を伸ばしていく。
私たちもそれを皮切りに、残っている定食を食べ進めていく。
結構なボリュームだったのに、マチブリの魅力に負けた私たちはあっという間に完食してしまった。
お料理を食べて心が満たされていく。
ふぅ、と幸せのため息を吐き出して、特に意味があったわけでもなく料理長の方を見ると――どうしてだろう、料理長の表情がほんの少しだけ泣きそうに見えた。