52.卸市場と食堂と
「ここが卸市場ッス!」
赤と青、白のトリコロールカラーが眩しい卸市場入口の廂。
その先に続く短いアーケード商店街は、早朝とは思えないほど活気にあふれている。
「すごーいっ! こんなに朝早くから人がいっぱい……!」
「本当に賑やかですね。僕も以前に少し来たことがあるだけなので……」
「大丈夫ッス! 案内は俺に任せてください!」
エイルさんはドンと胸をたたいて意気揚々と進んでいく。
あまり広くない通路にこれでもかと並べられたお魚や海産物、乾物。
すれ違う人々はみな楽しそうだ。
「いらっしゃい! 安いよ、安いよ」
「さっき仕入れたばかりの新鮮な魚! どうだい!」
「お! エイルじゃねぇか! 今日はおつかいか⁉」
あちらこちらからかけられる声も、朝だというのに驚くほどしっかりとした声量だ。
この辺りの人はみんな声が大きい気がする。やっぱり、漁師さんとか、さっきの卸業者の人とかが多いからだろうか。
明るい雰囲気は国都の市場にもよく似ているけれど、雑多に並んでいたあの時とは違って、今回はどこを見てもお魚ばかり!
まだ動いているようなお魚もいて、その新鮮さがしっかりと伝わってくる。
鼻につくのは潮の香り……と、どこからか出汁やお味噌のような良い香り。
「おなかすきましたね!」
反射的に思いが口をついて出て、料理長とエイルさんは同時にうなずく。
「そうですね、今朝はまだ何も食べておりませんし。朝食にしましょうか」
「それじゃ、俺のおすすめのお店に案内するッス!」
お魚は後でまた見て回るとして、まずは腹ごしらえ。腹が減っては戦が出来ぬ!
卸市場にはお魚屋さんだけでなく、レストランや料亭、お寿司屋さんも入っているらしい。
「食堂なんスけど、安くてボリュームがあってうまいんス! しかも、そこのおじさんは今日の三ツ星マチブリを競り落とした人ッスよ!」
「え⁉」
あの渋くて寡黙そうなおじさまが⁉
三ツ星マチブリをかっさらっていったおじさまを思い出して、パチパチと目をしばたたかせてしまう。
「自分が使うものを自分の目で確かめたいからって、料理人なのに競りに来るんスよ。うまい料理を大勢の人に提供するのが料理人の役目だって言ってたッス」
「なるほど、それは素晴らしい心がけですね。あの金額で仕入れているのに、安く、ボリュームのある料理を提供できるなんて……。普通なら赤字になってしまいそうですが……」
同じ料理人として、料理長は何やら思案モード。顎に手を当てて、何やらブツブツと考え込んでいる。
どのようなメニューであれば採算がとれるのか計算しているのかもしれない。
難しいことはよく分からないけれど、とにかくあのおじさんがすごい人だってことは分かった。
いつか私ももっとお金の計算を出来るようにならなくちゃ……。
「あれが俺のおすすめ、食堂サウブスッス!」
アーケード商店街の中じゃなかったら、吹き飛んでしまいそうなくらい無骨な見た目のお店。入り口の上には、直筆で店名が書かれた看板がデカデカと掲げられている。
正直に言えば、私には少し入りにくい見た目だ。
料理長と二人だったらここには来てなかったかも。
けれど、エイルさんのようにこのお店の良さを知っている人が足しげく通っているのだろう。入り口の横に置かれたベンチには開店を待つお客さんの姿がある。
「これなら、すぐに入れるッスね! 多い時だと、三十分くらいは待つことがあるんで、今日は運が良かったッス!」
エイルさんは入り口に置かれた液晶パネルに名前を記入して、首元からネックレスを引っ張り出した。
どうやら、懐中時計だったらしい。フタを開いて「後五分もすれば開店するッス」と教えてくれた。
*
「お待たせしました、どうぞ」
きっかり五分後。お店の前に看板を置いたおじさまが、そのまま扉を開けて私たちを中へと案内してくださった。
「エイルじゃねぇか……ってなんだ? 特別客さまは、てめェの客だったのか」
おじさまは私たちにメニューを手渡すと、少し驚いたようにエイルさんへ視線を送る。
「たまたま、母さんの店に来てくださったんス。それで、漁ギルドの案内を引き受けて」
「ネクター・アンブロシアと申します。先ほどは見学させていただき、ありがとうございました」
「フラン・テオブロマです! ありがとうございました!」
「おぅ。海しかねぇ町だが、ま、ゆっくりしていってくれや。っと、もっと喋りてぇところだが、ちょっと客が立て込んでるんでな。決まったらまた教えてくれ」
おじさまは少しだけ口角を持ち上げると、そのまま他のお客さまのところへ。
寡黙そうな感じに見えていたけれど、実際は気さくな人らしい。表情はあまり変わらないものの、心の奥底にある優しさが垣間見える。
「さ、二人はメニューをじっくり見て決めてくださいッス! 俺は、今日のおすすめ定食にするんで」
「おすすめ定食は何がついてるんですか?」
「今日は多分、三ツ星マチブリの刺身とマチブリカツッスね! 後は、サラダ、小鉢、ご飯、魚のあら汁ッス」
「あら汁?」
「魚をさばいたときに出る、頭や背骨などの使わない部位を使って出汁をとったスープのことですよ」
「へぇ! そんなのがあるんだ……。おいしいですか?」
「おじさんの作るアラ汁は最強ッスよ! どの料理にもついてくるッスから、おすすめ定食じゃなくても大丈夫ッス!」
エイルさんがグッと親指を立てる。その語り口から本当においしいスープだと伝わってくる。
それに、マチブリのお刺身も、マチブリカツもすっごくおいしそう!
「決めました! 今日は、そのおすすめ定食にします!」
珍しく私が即決すると、料理長も
「僕もそれでお願いします」
と隣でメニューを閉じる。
エイルさんがおじさんに「おすすめ定食三つ」と注文してくれて、いよいよ後は待つだけだ。
待っている間にもメニューを眺めていたら、あまりにもおなかがすきすぎて、おなかの音が鳴ってしまったくらい。
しばらくしていると、食欲をそそる良い香りが近づいてきて……
「お待ち。熱いうちに食べてくれよ!」
テーブルを覆いつくすほどの定食セットが運ばれてきた。




