50.漁ギルドの舞台裏
「お魚がいっぱい……!」
「綺麗ッスよね! ここの漁港は、水揚げされた魚の中に珍しい個体が混じっていると、国や学者さんたちに寄贈してるんス。とはいえ、全部が全部って訳にもいかないんで、こうやって飼育してるんスよ」
「これは僕も知りませんでした。本当に珍しい個体ばかりですね」
「年々ちょっとずつ増えていって、今じゃこのありさまッス」
「エイルさんが飼育してるんですか?」
「そうッスね! ここの管理は、新人の仕事のうちなんス。他にも、いろんなことを一通りやって、最終的にギルドの中でも何を担当するかを選ぶんスよ」
「すごいです! こんなにたくさんのお魚を一人で飼育してるなんて!」
色鮮やかなお魚はみんな自由気ままにのんびりと水槽の中を泳ぎ回っている。
中には、エイルさんの方へと寄っていくお魚までいて、彼がどれほどお魚たちに愛情をもって接しているのか伝わってきた。
「本当に素敵……! それに、おいしそう……」
「え、えっ⁉ た、食べちゃダメッスよ~!」
「お嬢さま!」
ついつい漏れた本音に、二人から突っ込まれ、それを聞いていた周りの人たちにも笑われてしまう。
だって昨日は晩ご飯の時間も早かったし……。朝ごはんもまだでお腹がすくんだもん!
「ここから先にまだまだ見せたいところがあるんスけど……フランさんを連れていったら、魚が食べられないか心配っス……」
「さ、さすがにそんなことしないですよ!」
むぅっと私が頬を膨らませると、エイルさんは大声で笑う。
「ははは、冗談ッス! 競りが終わったら卸市場に連れていくんで、もうちょっと我慢してください!」
「卸市場?」
「漁ギルドからちょっと行ったところにあるんス。売れ残った魚を漁師さんが直接卸したり、ここで競り落とした魚を仕入れてる店があったり、色々食べれるんで」
すっごく楽しみだ!
嬉しさにぴょこんと跳ねると、料理長も「楽しみですね」と相槌を打つ。
産地直送なお魚なんて、滅多に食べられるものじゃない。これはいまから期待が高まる!
「次は、ちょっと特別な魚の選別をしてる場所ッス! 普段は絶対に見れないんで、かなり面白いと思うッス!」
角を曲がると、エイルさんの言う通りちょっと変わった光景が目に飛び込んできた。
コンベアの上を流れるお魚。どれも同じ種類だけど、コンベアの先にある小さなトンネルを抜けると……コンベア脇に並べられた何種類もの箱に振り分けられていくのだ。
ちょっとだけパン工場を思い出す。
「これは何を選別してるんですか?」
さすがに料理長も見たことがなかったようで、箱の中に振り分けられた魚をまじまじと見つめている。
「サイズで分けてるとか?」
「惜しいッス! あの装置で魚の体積と脂の量を計測して、そこから計算された脂の割合で選別してるんス!」
「脂の量⁉」
私と料理長が驚きのあまり顔を見合わせると、エイルさんはますます誇らしげに鼻を鳴らす。
「この魚は、ここで養殖してるブランド品なんスよ。サイズが大きくて脂がのっているものを三ツ星、中くらいを二ツ星ってつけて出荷するんス」
先ほどの広場で選別していなかったのにはそういう訳があるらしい。養殖ものだから、きっと別の場所からここへ運んできているのだろう。
「すごいです! 料理長、知ってますか?」
「エイルさんに説明いただいて、ようやく分かりました。三ツ星マチブリですか」
「さすがッス! 二年前に養殖が成功して、最近やっと知名度が上がってきたところなんスよ!」
エイルさんがぐっとサムズアップして、料理長もニコリと爽やかな笑みを浮かべる。
男同士、何か通ずるものがあったらしい。お魚好きには悪いやつはいない、って感じなのかな?
「一度テオブロマでも取り寄せたことがありますよ」
「ほんとですか⁉」
「旦那さまがいたくお気に召しておりましたが、当時はまだ数が少なく、流通させるには時期尚早だったと聞いております」
「そうなんスよ! 惜しいことをしたって、ずっとギルド長も嘆いてるッス! ただ、後一年もすれば安定して養殖も出来るようになってくると思うんで、その時はまたご検討、よろしくお願いしゃーッス!」
「任せてください! 食べておいしかったら、もう一度お父さまに言っておきますから!」
私がドンと胸をたたくと、
「食べておいしかったら、というところが、旦那さまそっくりですね」
と料理長に笑われてしまった。お父さまも同じことを言ったようだ。血は争えないみたい。
「それじゃ、今日の競りの様子もしっかり見ておいてもらわないといけないッスね!」
「これも競りに出すんですか?」
「目玉商品ッスよ! 特に今日の三ツ星マチブリは最高品ッスから……熱い展開になりそうッスね!」
目をキラキラと輝かせているエイルさんを見ていると、俄然、競りも楽しみだ。
漁港なんて来たことがなかったから、何を見ても新鮮だし。
「さっき、入り口すぐのところで電話をしたり、写真を見たりしている人がたくさんいたのを見たッスか?」
「確かにたくさん人がいたような……あの人たちは何してたんですか?」
「あれが競りの卸業者さんッス。今日水揚げされた魚の量とか種類を見て、お店やお客さんに何の魚をいくらで競るのか確認してるんス」
「三ツ星マチブリを狙っている方もたくさんいた、ということですか」
料理長が何かを思い出したように呟くと、「正解ッス」とエイルさんがひときわ大きな声でうなずいた。
「あの写真がインターネットを通じて世界中に配信されてるんスけど、三ツ星マチブリの写真だけアクセス数が段違いでしたから!」
「アクセス数まで見れるんですか⁉」
「魚にも人気が必要なんスよ~」
なんだかアイドルみたいだ。お魚がいろんな人の手で育てられて売り出されていく様子も、そうやって考えるとなんだかそれっぽいし……。
お魚の世界も奥が深い……。
「さ、他にもいくつか見て回ったら競りに行くッスよ!」
*
エイルさんに案内されて漁ギルドを一周し終わったころ。
私たちが競りの会場へと向かっていると、カランカラン、とベルの音が鳴り響いた。
「これは?」
「競りが始まる合図ッス。ちょうど着くころに始まりそうっスね!」
一大イベントに向けて、私の鼓動が一段と高鳴った。
いよいよ、競りが始まる!




