5.はじける秋の風物詩(2)
「お待たせ」
ティーポットやお皿がのったトレイを持って、おじいちゃんが戻ってきた。
「わぁ! おいしそう!」
お皿いっぱいに盛り付けられたフリットーの山。しかも、二種類!
翡翠色のものは、良く見る普通のもの。もう一つの琥珀色のフリットーは……。
「蜜漬けですか」
「おお、さすがテオブロマ家の料理長ですな。ですが、普通の蜜ではありませんぞ」
目ざとく反応した料理長に、どこか挑むような笑みを浮かべるおじいちゃん。
二人のやり取りはもう少し続きそうだったけれど、私が我慢できなかった。
「おじいちゃん、食べてもいい?」
「もちろん。……そうだ、一つゲームをしようか」
「ゲーム?」
「フランちゃんが食べた感想をもとに、この蜜漬けが普通のものとどう違うか、アンブロシアさんに当ててもらう、なんてどうかね?」
ニコニコと味当てゲームを提案するおじいちゃんに、隣で料理長が目を見開いた。
「いいじゃん! 面白そう! ね、おじいちゃん。それならさ、もしも料理長が正解したら、このフリットーをお土産にちょうだい!」
「いいとも。いっぱいあるから持っておいき。じゃが、はずれたら……今日はここに泊まって、明日一日この老いぼれの手伝いをしてはくれんか」
「泊まっていってもいいの⁉」
つまり、当たってもはずれても、私たちには嬉しいことしかない。
おじいちゃん、提案エモすぎ!
「その代わり、たくさん手伝ってもらうぞ」
「もちろん!」
私は早速、と蜜漬けにされたフリットーに手を伸ばす。
が、その手は料理長に阻まれた。
「お待ちください、お嬢さま。まずは、普通のものを食べてからの方がよろしいかと」
「なんで?」
「蜜漬けにされたものは基本的に味が濃いですから。薄味のものを口にしてからの方が、どちらもおいしく楽しめますよ」
お作法、というよりも料理人としてのアドバイスだろう。
おじいちゃんは「もちろん、かまわんよ」と自らも普通のフリットーを口に運ぶ。
私も「それじゃぁ」と普通のフリットーへ手を伸ばした。
あめ玉サイズの綺麗な翡翠のそれは、陽に透かすとますます輝いて見える。
食べるのがもったいないくらいだけど……。
えい!
「ん!」
口の中に入れた瞬間に、ふわりと花の優しい香りが鼻を抜け――
カリッ。
噛むと軽やかにはじける音。続いて、どこか懐かしい、ほのかな甘さが口いっぱいに広がる。
甘すぎないからくどくもなく、歯ごたえの良さも楽しくて。
パリ、ポリ、パリ。
もう一個、あと一個、と手を伸ばしているうちに気付けばお皿から消えている。種の小ささも相まってつい名残惜しくなり……結果、手が止まらない。それがフリットーだ。
だが。
「蜜漬け……」
今日は、そんな手を止めるものがいる。
私は琥珀色に輝くもう一種類のフリットーにそっと手を伸ばす。
さっきのが王道ならば、こちらは邪道。だが、直感は告げている。
これは絶対においしいやつ!
「……いきます!」
私の一挙手一投足を、料理長とおじいちゃんはそれぞれ正反対の顔で眺めていた。
料理長はどこか緊張をたたえて。おじいちゃんは、穏やかな面持ちで。
蜜に漬かっていたからか、普通のものよりもペタリと指に吸い付く。けれど、不快感はない。そのまま口へほうり込む。
「んん……?」
花の香りが先ほどよりも強い。華やかで、けれど落ち着いた香りが口から鼻へ。
それに、ほんの少しだけ大人の香り。深さと渋みが加わって、普通のものよりもずっと豪華な味わいだ。
しかも。
明らかに食感が違う。蜜に漬かって水分を吸ったのか、ほくほくとしている。
蜜のねっとりとした甘さが食感にもよく合う!
「お味はいかがです?」
ごくりとつばを飲んだ料理長が私の反応をうかがう。
ゲームとはいえ、料理長としてのプライドがあるのか。その真剣な瞳に、私も意識を舌へと集中させた。
「……すっごく、おいしいです!」
「ぐ、具体的にお願いします」
「ずっと口の中に入れておきたいっていうか! 幸せそのものを閉じ込めた! みたいな甘さが最高です……。濃厚だけど、フリットー本来の優しい味も消えてないし! しかも、食感がほくほくなんですよ! 超新しい!」
喋っていると、つい笑みがこぼれ落ちてしまう。
出来る限りゆっくりと咀嚼を繰り返し、その味を噛みしめる。
「それに、フリットーの花の香りがさっきよりも濃くなった気がします。深みがあって、後味がちょっと渋くて大人っぽい感じ。お父さまが好きそうです! すごくおいしい!」
私がうっとりと口の中に残った最後のかけらを飲み込むと、料理長はふむ、と顎に手を当てた。
「花の香りが濃くなり、かつ、後味が大人っぽい……。なるほど」
ある程度の想像がついたのか、料理長は小さく何かを呟く。
きっと、料理長の頭の中には、今たくさんの食材がかけめぐっているのだろう。
「さすが、フランちゃんは実に舌が肥えておる。しかも、ずいぶんとおいしそうに食べるもんだ」
悩む料理長をよそに、おじいちゃんは満足げに目を細めた。
えへへ、と笑って、照れ隠しにお茶を口に運ぶ。あ、お茶もおいしい。
「お茶もおじいちゃんが育てたの?」
「いいや。それはフランちゃんのお父さんが紅楼国から買い付けたものだよ。あそこのお茶は貴重でね。たまたま手に入ったと大喜びさ」
「へぇ! お父さまからあんまりお仕事のお話を聞かないから、なんだか新鮮」
「本当に素晴らしいお人だよ」
料理長は私たちの会話を聞きながらも、まだ蜜漬けの正体を悩んでいるみたいだった。
その間も、おじいちゃんと私はフリットーへと手を伸ばす。
パリ、ポリと小気味良い音が空白を埋める。
秋の風物詩最高!
まさかこんな素敵な出会いがあるなんて思ってもみなかった。
私たちが三つ目を食べ終えたところで、料理長が「分かりました」と宣言。
やや早口だったから、きっと早く食べたいんだな。
「素晴らしいヒントだったからね、簡単だったろう」
「えぇ、本当に。食べるのがお好きなのも伝わりましたし、何より舌が良い。料理人に向いているかもしれません」
「えへぇ~、それほどでもぉ!」
「では、答え合わせといきますかな。テオブロマ家料理長アンブロシアさん、このフリットーの蜜漬けに使った蜜は、普通のものではない。君はなんだと思いましたか?」
おじいちゃんの問いに、料理長はゆっくりと口を開いた。
「そのフリットーの蜜漬けに使われた蜜は……」